秋 日常と変化

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奥の部屋に逃げ帰ったシキはピアノの下に無意味に隠れた。クローゼットも隠れられるというのに、驚きでそこまで考えが及ばないようだ。 あれは、人間だろうか。本当に人間だろうか。自分よりかなり大きかった気がする。しっかり筋肉があったし、シキみたいに細くはなかった。髪も黒かった、短髪だった、顔とか服とは良く思い出せないけどビックリした。 兎にも角にも、この世にほんとに人間は居たんだな、とシキはこの世界に居るのは自分だけという考えを撤回した。 シキにとって人とはテレビの向こうの喋る人形であり、実際に存在しているかどうかも怪しいものだった。 何しろシキは12歳からかれこれ8年間誰にも会うことなく生活してきた。今まで置き配係と会ったことなどなく、ましてや本邸の人間に会うことなどまず無い。 今回ので自分以外の人間がこの世にいる事が証明された訳だが……。 先程の人間がどのような顔だったか思い出そうとしたが、やはりシキの脳内には自分より強そうな男だったという情報しか残っていなかった。 そのまま隠れること数分。最初は話し声が聞こえていたものの気がつけば外は静かになり、シキも恐る恐るピアノの下から這い出してきた。 カーテンを少しだけ開き一応窓玄関を見てみたが、誰も居ない。コの字型の離れなんて行き来がめんどくさいと思っていたが、まさかこんなとこに役立つとは。 シキはほっと一息付き、今日はもう外に出ないことを決心した。 ピアノを弾く気にもなれず、シキは台所に行き大好きなミルクオレをコップに注いだ。シキは極度の甘党だ。それこそ今回のいちご大福のように何も考えず飛びついてしまうほど。 そしてよくよく考えれば、今日は置き配の日じゃないことを思い出した。置き配は毎週木曜日、今日は水曜日。いちご大福の事が気になりすぎて曜日も忘れてしまっていたらしい。それに変な時間に起きたから寝ぼけていたようにも思う。やっぱりすぐ起きて動くのは良くないな、とシキは思い直す。 それにしてもなんだったんだろう。シキは声に出さず口だけを動かした。1人でいると喋ることがなく声が枯れてしまう。最後に声を出したのは1週間前だろうか。 「あー…あ、…ッ」 喉元を抑えて咳き込む。いざ声を出してみると酷く嗄れたものが喉から発せられた。シキは眉をひそめたが、まあどうせ誰かと喋ることはないからと声を出すのを辞めた。 というかそもそも、一瞬しか人間を確認していないし見間違いかもしれないなど、自分の認識を疑い始める。今まで置き配係は機会人間なのかもとずっと思っていたからだ。 シキの知識にはかなり偏りがある。それはテレビのオカルト番組が大好きだからだった。
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