冬 知らない

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なんだ、隠れる必要なかったじゃん。そう思って滑り台の下から出ようとしたけど、もう1人いることを思い出して思いとどまった。 優一郎は誰といるんだろう。耳を澄ましてみると、女の人の声がした。姿も見てみたいけど、下が砂だから動いたら音が出てしまう。どうしようと考えて、とりあえず出るタイミングを伺おうとシキは聞き耳を立てた。 「呼び止めてごめんね」 「いや、大丈夫だよ。それよりこんな時間に女の子1人で歩いてるのが気になるな」 「塾の帰りなの。たまたま優一郎くんを見かけて思わず声かけちゃった」 “優一郎くん“ 女の人が名前を呼んだ時、シキは首を傾げて胸の辺りを押さえた。優一郎は外の人間だから誰かが名前を呼ぶのは当たり前…当たり前なのに違和感を感じた。優一郎の名前を呼ぶのは自分だけだと、そう思っていた気がする。 「そうなんだ。でも危ないから誰かに送り迎えしてもらったほうがいいと思うけど…」 「ほんと、優一郎くんは優しいね」 うん、優一郎は優しい。でもそれを他の人が話しているのが不思議。 「じゃあ、優一郎くんに送り迎えして欲しいな。そしたら心強いし…私学校終わったらすぐ塾なの、一緒に帰って、その後連絡するから家まで送って欲しいな」 ぴく、と小さく体が跳ねる。塾ってのが何なのかわからないけど、優一郎が家に来なくなるかもしれないというのはわかった。優一郎は学校が終わったらすぐにシキのところに来てくれる。それが、なくなる…。 それは、やだ。優一郎との時間がなくなるのは嫌だ。心の中で優一郎が女の人の言葉を断ってくれるのを期待してしまう。だって、その時間だけはシキのものだから。 耳を塞ぎたい衝動を抑えて、手を握りしめる。優一郎の返答が聞きたい。 「家族は?」 「うち父親だけだから頼みにくくて…夜遅くまで働いてるし」 「……わかった。迎えだけするよ、危ないし。帰りは寄るとこあるからできない、そこはごめん」 優一郎の言葉を聞いた途端急に体の力が抜けて汚れるのも気にせず後ろに倒れ込んだ。優一郎はシキとの時間を選んでくれた、そのことがすごく嬉しくて顔が緩んでしまう。 女の人は優一郎にお礼を言ってるけど、もう何も情報が入ってこない。そのうち足音が1つ公園から出ていく音がして、そろそろ出ようかなと体を起こした。 「ふぁっ」 変な声出たのは仕方ないと思う、だって優一郎が屈んで滑り台の下覗き込んでるんだもん。 「ゆーいちろー!」 「シキ、なんでここにいるの」 「ゆーいちろーこそいつから気づいてたの?!」 「俺は公園入った時に奥に逃げようとするシキが見えたから…ってそれはいいんだよ。なんで外にいるの?」 優一郎も滑り台の下に入ってきてシキの隣に座った。
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