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優一郎side
水守 優一郎はいたって普通の高校生だ。
誰にでも優しく、誰にでも礼儀正しく、みんなの模範となるような人物だった。
そんな優一郎の通っている高校はいま話題になっている噂がある。
"佐野家の山からから夜な夜なピアノの音が聞こえてくるらしい"というもの。
優一郎の高校から少し離れたところに、佐野家という代々続く財閥の家がある。敷地面積はかなり大きく、正しく邸と言うのに相応しいものだった。そしてその佐野家は裏の山も所有しており、そこからピアノの音が聞こえてくるらしい。
山からピアノとは荒唐無稽な話ではあるが、意外にも音を聞いた人物は多くおりその噂は本当だと囁かれている。他にも人の声を聞いた、人魂を見たなども最近出回り始めている。
その噂を友達から聞かされた優一郎は、幽霊こそ怖くないものの人間の噂の回るスピードに若干の恐怖を覚えた。
「へぇ…そんな噂があるんだね」
「そうなんだよ、これがまた中々に怖くてさー。山の中からピアノってだけでもこえーのに人魂とか怖い噂が出るわ出るわで」
「それにね、佐野家って昔迫害された母子が居たらしいの。なんでも子供が恐ろしい見た目をしてて、母子共々殺して佐野家の裏の山に捨てたとか…!その母子の祟りじゃないかとかも言われるみたい!」
その母子説どこからの情報…というか、隣のクラスの佐野はどう思っているのか。
隣のクラスには実際にその邸の跡取りである佐野幸太という男子生徒がいる。自分の一家が過去に人を殺したかもしれないなんて噂、聞きたい人がいるだろうか。
少なくとも優一郎は聞きたくないと感じた。
「――――――だから優一郎も行ってみようぜ」
「え」
脈絡のない話に優一郎は友人2人の顔を同時に見た。聞き流していただけに、どうしてそのような話になったのか分からない。
2人は優一郎が話を聞いていなかったと悟り、不満げな顔をした。
「聞いてなかったの?」
「あ、うん……ごめん。どこに行くの?」
「どこって、決まってるじゃん。佐野家の裏山!」
それ、不法侵入じゃない?という野暮な言葉はとりあえず置いておく。それより気になるのは。
「俺も行くの?」
その1点。確かに噂は気になるものの、どうして優一郎までが行かなければならないのか。
「そりゃそうでしょ。滝沢さんも誘ってさ!」
「滝沢…」
何故そこに滝沢が出てくるのだろうか。先程からよく分からない誘い方をされ思わず怪訝な表情になってしまう優一郎に、友人の1人がお前っては奴は…とため息をついた。
「滝沢さんお前に気があるんだよ!」
いまは教室に居ない滝沢詩織の事を思い浮かべる。たしかにたまに優一郎のことをじっと見つめてはいたが、まさか好意を持たれるようになっていたとは。
優一郎は胸の高鳴りを抑える…こともなく平然とそうなんだと言い放った。
友人は気にすることなくそのまま話を続ける。
「だから恐怖でドキドキ高めちゃおう作戦だ!吊り橋効果ってやつだな!」
「それ、俺に言ったら意味無くない?」
「あ」
ぽかんと口を開ける友人に周りの友達が笑う。優一郎も失笑し、まあまた日程教えてよと適当に返した。
水守優一郎は誰にでも優しい。しかしそれは分配された優しさだ。だから優一郎は誰に告白されても断る。優しさは1人に割り振ってはいけないと考えているから。
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