冬 先生

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家に帰ることになった。やっぱり優一郎は優しいから家に返してくれる。でもここからの道は分からないし靴も持ってないから、優一郎が背負って家に連れてってくれることになった。 「忘れ物ない?」 「持ってるものがありません!」 「ああ、たしかに」 シキを背負って、さらにその後優一郎は一郎のキャリーケースも持った。荷物多くて大変じゃない?って聞いたらシキは軽いから大丈夫だよって言われた。なんだろう、複雑。 結局、餌もキャリーケースも優一郎が買ってくれた。シキが寝込んでいる間に買って置いてくれたみたい。 一郎は大人しくキャリーケースに入ってくれて、シキも優一郎も一安心した。キャリーケースに入れる方法を検索した時に、暴れる猫を見たせいで2人ともびびってたから。 「じゃあ外出るよ」 人目につかないようにするために、夜に帰ることになった。を髪は結んで帽子の中に突っ込んで、長袖長ズボン。ある意味ちょっと不審者っぽい。 「うん、おねがいします」 ぺこりと優一郎の背中でお辞儀をして目を瞑る。ここに来るまでの道のりが、分からないように。 ……家に帰るのが、少し怖い。嫌な夢を見たから。家に帰ったらいつもと違う風景に見えるんじゃないかってちょっと怖い。 お母さんから愛されていたと、思う。でもそれと同時に、恨まれていたとも思う。何度もお母さんから、愛してるという言葉を聞いた。そしてある時はあんたが居るから自由になれないという言葉も聞かされた。 その言葉を聞く時は大抵夜中で、お母さんがテレビを見ている時間帯だった。何を見ていたのかは分からないけど、きっと外に憧れる何かがあったせいだろうとシキは思っている。 だからお母さんは、シキを外に出すことを嫌がったのか。…考えたことはある、でもつい最近までそのことを忘れていた。嫌な考えに染まりそうな時はいつもピアノを弾いて紛らわせていたから。 そういえばこんなにピアノから離れたことはない。きっと優一郎が居てくれたおかげだ。……帰りたくないな、そう呟きかけた時、優一郎が着いたよと優しく教えてくれた。 目を開けると、いつもの、シキと優一郎が会う大きい窓の前だった。 赤い屋根、暗い廊下、ピアノのある部屋には黒いカーテンがかけられている。 かえって、きちゃった 「降ろすよ」 「ありがとう」 優一郎は窓を開けてシキを廊下に降ろし、一郎のキャリーケースもシキの隣に置いた。早速キャリーケースを開けてあげると、一郎は優一郎の方を向いてにゃあと一言鳴いて部屋に入っていった。 「ありがとうございました、って言ったのかな」 「あはは、それだと俺が引っ掻かれてまで連れてきた甲斐が有るよ」
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