冬 先生

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先生は少し目を迷わせたあと、ため息をついて頭を掻き毟った。 「シキが外に出れない理由は…君も知っての通り、佐野という家が大きすぎるからだ」 「…なんの関係があるんですか」 「シキには、戸籍がない」 「……は、」 優一郎がシキを見る。その顔は驚きに満ちていて、でもシキは優一郎が驚いている理由が分からなかった。そもそも、戸籍が何か知らない。でもきっと、話の流れ的に無いとダメなものなんだろう。 「それ、本人の前で言って…」 「分からないからいいよ」 「いや、でも、」 「なんなら君、シキの耳でも塞いでれば?」 優一郎は頷くと、シキのとこにやってきて掃き出しの窓の縁に座ってシキを自分の股の間にらせた。そのまま耳を塞がれると、静寂が訪れる。 シキは頭を動かして、自分の背後にいる優一郎を見上げた。……久々の、優一郎だ。 正直、来てくれたのは凄く嬉しい。シキが痛いことをされてるってわかった途端、飛んできてくれた。その事実がたまらなく嬉しくてほっとする。 シキと会っていない間に、あの女の人ともっと仲良くなってたら悲しいな、って何度か思った。どうしてそう思うのかは、やっぱりあの女の人がシキと優一郎の時間に入ってきてしまうことが怖かったから。 仲良くなったらきっと、優一郎はシキを差し置いてあの女の人と夕方も一緒にいるようになっちゃうんだ。それが嫌だった。 でもシキには優一郎を引き止める術が分からない。というか引き止めていいのかも分からない。優一郎は外の人間で、シキは外に出れない中の人間だ。住んでるところが違うのに、こっち側に来て欲しいなんて傲慢な気がする。 シキだって、外に出たい。 「…シキ、話終わったよ」 気づいたら話は終わってたみたいで、優一郎が耳から手を離し、シキの肩に手を添えていた。 「終わったの?じゃあ、おれ、優一郎とお話していいの?」 「うーん…」 ぱっと顔を優一郎の方に向けたら、優一郎は困った顔をしていた。なんでそんな顔してるの? 次に先生の方を向いたら、先生も困った顔をしていた。 「シキ、彼はね」 「聞きたくない」 咄嗟に耳を塞いだ。嫌な予感がした。でも、優一郎はシキの手を簡単に外してしまった。 「シキ、よく聞いて。俺はもう、シキに会いに来れないんだ」 「…なんで」 「…シキは、シキは外に出ちゃいけないから。俺は、外の人間だから」 「なんでそんなこと、優一郎まで言うの」 目が潤んでくる。優一郎が先生になってしまったみたい。 「シキはピアノを弾いて、ただ静かに暮らしていた方がいい、」 「そんなこと今更言わないで!!」 シキは優一郎の膝から勢いよく立ち上がった。そのまま裸足のまま中庭に出ると、胸がどんどん苦しくなって手で押えた。 「ピアノなんて、いまはどうでもいい!」 「…シキ」 「なんでそんなこと言うの!優一郎はそんな事言わないって信じてたのに、おれに外を教えてくれたのに、何度も逢いに来てくれたのに!」 「ごめん」 ぼろぼろ、ぼろぼろって涙が出てきて止まらない。今更優一郎の居ない生活なんて想像できない、考えたくない。そうやっていつの日にか放り出すなら、最初から優しくしないで。 「おれを、ひとりにしないで…っ」 だから先生は嫌いなんだ。シキから全部奪おうとするから。 ようやくBOOTHに出した分が終わったのでこちらを再開します
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