冬 先生

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side優一郎 シキの耳を塞ぐと、目の前にいる医者は驚いた顔をした。その状態のまま「どうぞ」と促せば、戸惑いつつも口を開いた。 「まずはじめに聞くけど、君はいつ一体どこでシキと知り合ったんだい」 「…秋頃に、この辺りピアノの音がすると学校で噂になってたんです。それで、肝試しをしようと言われてこの家を見つけました」 「ピアノの音?」 優一郎の知っている井上先生に似た顔をした医者は首を傾げた。しかしそれよりも気になることがあるらしく、首を戻した。 「肝試しは何人くらい?そのあとこの家に訪れたのは?」 「俺含め男女6人くらいです。あれ以来ここに来ているのは俺だけ」 「なんで君はここに来ているの?」 まるで尋問みたいだ。 「最初は、ただの好奇心でした。でもシキと過ごすうちに…かわいく思えてきてしまって」 最初こそアルビノに興味があるだけだったのに、気づけば甘やかしたいと、守りたいと思う存在になっていた。今日だってそうだ、殴られてるなんて聞いたら普通は警察を呼ぶのが先なのに足が先に向いていた。 シキに興味があるのは本当だ。でもそれはシキ自身にであって、アルビノという特性があるからじゃない。 そうちゃんと胸の内を明かせば医者はなぜか不満げに目を逸らした。 「……そう。もしそこで観察対象とか冷やかしとか言われたらここから叩き出すつもりだったけど、そうじゃないならいいよ。シキも懐いてるみたいだし」 ちらりと医者が見る先には耳を塞がれ優一郎の股の間に座るシキがいる。…この先生もシキが心配なだけで、優一郎が危険分子か計りたいだけなんだろう。 シキの頬は赤くない。一週間も経っているしもしかしたら消えているだけかもしれない。先生が殴ってくるから、の真偽がわからないかぎりこの医者には注意すべきだ。 「秋頃ってことは…君、なんだっけ」 「優一郎です。水守優一郎」 「水守くんね。君、シキに肉まんあげた?」 言われて思い出す。確かに去年の秋ごろにシキに肉まんをあげたような気がする。甘いものばかりじゃ飽きるだろう、とコンビニに寄った時に買ったものだ。 優一郎があげました、と頷けば、医者は深くため息をついて手で顔を覆った。 「よ、よかったぁ…」 「それがどうかしたんですか」 「その子、1人でコンビニまで行ったとか言ってて気が気でなかったんだよ!外で誰かに見られてたらどうするつもりだったんだ、とか誘拐されたり誹謗中傷されたりしたらどうするつもりだったんだ、とかいろいろ怒っちゃって…」 下を向けば、うんうんと何かを考え悩んでいるシキの姿があった。そういえば、怒られたと言ってたっけ。 「なんでそんなに頑なに外に出すことを拒否するんですか」 まるでシキを社会から遮断するみたいだ。それはシキのいたこの家もそう。同じ佐野という名字を持つにもかかわらずあまりにもシキの扱いは杜撰だ。それはさっきこの医者が話していた――シキには戸籍がない、に関係するんだろうか。 優一郎がじっと相手を見つめると、視線に気づいた医者は顔を上げた。 少しの間沈黙があって、次に発せられた言葉は君には重いかもしれない、だった。 今更、何を言うんだろう。 「シキは佐野の家の人、ですよね。なにか秘密があってシキを表に出すことを許していない。だから俺の行動は問題視される。そういうことですよね」 「それがわかっているなら話は早い。ここまで深入りしてしまった以上、君にはシキのことを知る権利がある。けれどこれを知れば、君は佐野の家に巻き込まれる形になる。高校生である水守くんにはかなり重たい話だ。覚悟はある?」 「…興味本位でシキに近づきましたけど、今はシキを連れ出したいと思うくらいには本気です」 「それがいいのか悪いのかは別として。それが本気だと受け取って話すね」 それから先生は話し出した。 シキが生まれてすぐ死んだことにされたこと。 母親はまだシキが幼いうちに死んだこと。 当主の入れ替わりで多少は待遇がよくなったこと。 それでも佐野家としてはシキを汚点と見る傾向があるため隔離していること。 そのままシキは20歳までこの家で1人で過ごしていること。 自分はシキが小さいころからの担当医で、隔離される前は母親とも会ってことがあること。 シキが外に出ないように見守って欲しいと言われたこと。 それらを一気に話し終わると、医者は息を吐いた。今までため込んできたものをすべて吐き出せた、という顔をしている。 「母親は、そこまでしてシキを」 「守りたかったんだよ。だから俺は君を危険視している。わかるだろう、もし自分の大切なものが外にいる危険なものに傷つけられたりしたら……」 もしシキが、優一郎の知らないところで、罵られ怪我でもさせられたら。 優一郎には、シキと一緒にいる覚悟はある。けれど、シキはどうだろう。優一郎が連れ出したことでつらい目に遭うことをシキは望んでいない。 今まで自分はシキの気持ちを考えて行動していたかを考えてみる。シキの世界を壊したいだとか、外に連れ出したいだとか、そんなことばかり考えて、シキが本当に外に出たいと思っているのかなんて考えもしなかった。自分に懐いてくれているシキを大事にしたいはずなのに、傷つくことがあることを、なにも考慮していなかった。 だったら、俺は。 優一郎はそっとシキの耳から手を離した。
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