冬 依存

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優一郎が、シキの頭を撫でる。 「ごめん」 「ごめんって、何」 「シキ、ごめん」 「だから、それ、何に対してなの」 優一郎は、何も言わない。ただただ静かに、優しくそこにいた。 その日から本当に優一郎は来なくなった。メッセージを送っても何も返ってこない。優一郎と繋がることができなくなったスマホに魅力を感じなくて、テレビを見て時間を潰すようになった。 前と変わらない生活なのに、どこか虚しい。 そんな生活の中で、優一郎がいなくなった以外に大きくかわった点がある。それはあれだけ執着していたピアノが弾けなくなってしまったこと。 ピアノの前に座ると手が震えて、優一郎との楽しい気持ちを思い出して辛くなり、ピアノに手を叩きつけてしまう。 ピアノを弾くのは楽しかったはずなのに。母親との記憶を思い出せるのが嬉しかったはずなのに。 シキはピアノを弾く時、母親のことを思い浮かべていた。数年だけの記憶だが、何度も思い返され大事にされている記憶は昨日のことのように思い出すことができた。 それが今では全部が優一郎になっている。最近は優一郎のことを思い出して弾くことがほとんどだった。そのせいで、辛いことも記憶に真新しく刻まれてしまった。 優一郎は本当にもう来ないんだろう。外に出たいと思ったことへのバチが当たったみたいだ。あの女の人と仲良くして欲しくないなんて思ったから、神様は怒っちゃったんだ。 ピアノの椅子に座ったまま、鍵盤に映る自分の姿を眺める。 こんな髪色でいるから。 こんな瞳でいるから。 こんな肌でいるから。 こんな傲慢な気持ちでいるから。 何度も、何度もそう思ううちに、食事が摂れなくなった。ご飯が美味しくないと感じて、無理やり食べると吐き戻してしまう。 自分が嫌いになっていく。食べれない自分が、ピアノを弾けない自分が、醜い気持ちと容姿を抱えてる自分が、優一郎に会えない自分が、嫌い。 布団に包まって眠っているとそれが少し軽減されて、朝も夜も寝るようになった。でもお腹は常に痛かった。 先生は一週間に一回やってきて、シキが寝ているのを見てそっと帰って行く。 先生をこれまで以上に嫌いになった。もう顔も見たくなかった。だから先生が診察だよって声をかけてくる時以外は無視した。 今日はその診察の日。先生はなんとも言えない顔をしながらシキの体に冷たい聴診器を当てる。 「いつから、食べてない?」 「……知らない」 「便は?」 「……」 「…ピアノは?どれくらい弾けてない?」 「…俺にピアノやめて欲しかったんでしょ。よかったね、大成功だよ」 嫌味を言ったけど先生は何も反応しなかった。俯いたままだったからどんな顔をしているのかは知らないけど。 服を直して椅子から立ち上がると、めまいがして床に倒れ込んだ。咄嗟に先生が支えてくれたおかげで怪我をすることはなかったけど、先生はひどく傷ついた顔をした。なんで先生がそんな顔をするの。
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