3章 恋心

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今日のパーティは創業35周年の記念パーティということもあり、会場内では社長を中心にして人だかりができている。あいさつは後にすることにした二人は、ほかの招待客と適当に会話をしながら時間を過ごしていた。 婚約発表後に公の場に出たのは初めてで、要に「婚約者の伽耶です」と紹介される度に気恥ずかしくなり、顔を赤らめていた伽耶。一方の、要は手慣れた様子で同世代とは思えないほど、しっかりとした態度でほかの招待客とやり取りを交わしていた。 「お父様はお元気かな?」 「ええ、おかげさまで」 要がそう返すと、次に相手から出てくる言葉は決まっていた。 「そうか、それはよかった。ところで、今度うちの会社で新製品が出るんだが、ぜひお父様にもすすめておいてくれないか」 厭な笑みを浮かべて、自社製品の売り込みをする人も少なくない。要は、そんな相手の話を感じ良く受け流している。その隣に立つ伽耶も要に倣い、にこやかな笑みを絶やさずに立っていた。 「ねぇ、君。髪に何かついてるよ?」 会も終盤に近づいてきた中、化粧室から帰ってきた伽耶の前に、にっこりと笑うダークブラウンのスーツを着た男の人が現れた。 「本当ですか?」 男の言葉に、慌てて髪に手を伸ばす伽耶。さきほど化粧室で見た時は何もついてなかったと思ったが、要の隣に立つからには変な格好ではいられない、と思って焦ったのだが。 「違うよ、そこじゃない」 そう言って近づいてきた男。少し背の高い相手を見上げると、至近距離で目が合う。あまりの距離の近さに驚いて、伽耶は少し後ずさった。 「俺が取ってあげるよ」 にこやかな笑みを絶やさぬ彼が、伽耶の髪に手を伸ばす。とっさに体をギュッと縮めて伽耶が下を向くと——。 「......っ」 触れると思っていたその手が、伽耶の髪に触れることはなかった。横からスッと伸びてきた手に捉えられた男の手は、伽耶の目の前で止まる。要の手が、それを防いだからだ。 「俺の連れに何か?」 男の男は要の顔を見ると、慌てた様子で手を解いた。 「いえ、西園寺家のご子息のパートナーだったとは……っ。失礼しました」 乾いた笑みを浮かべた男は、そのままひらひらと手を振ってどこかへ行ってしまった。呆然として男を見つめていた伽耶の前に、グラスが差し出される。 「ほら」 「あ、ありがとうございます」 もらったグラスに口をつけると、渇いていた喉がみるみる潤っていった。隣では要が同じように、グラスを傾けている。 「……ったく。ああいう男には気をつけろよ」 「え?」 前を向いたまま、ボソッと小さな声でそんなことを言われる。 「何にもついてなかったぞ、お前の髪」 呆れた様子でそう言う要に、ようやく合点がいった伽耶。そんな要に「以後、気をつけます」と苦笑いで返すと、「俺も気をつけるようにする」と返され、その言葉通り、そのあとの会では伽耶の隣にずっと要が立っていてくれていた。
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