3章 恋心

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夕方、黄色の小花が散るワンピースに着替えた伽耶は、三上とともにテラスへ向かった。テラスにはすでに要の姿があり、イスに座って間島と何やら話しこんでいるようだった。 「お待たせしました」 伽耶も隣に腰かけると、要がこちらを見る。 「明日の夜に親父の取引先が主催するパーティがこの近くであるらしいんだが、でれるか」 「明日ですか?」 「ああ、社の創立35周年の記念パーティだそうだ」 伽耶は別荘にまで来て仕事関係のパーティとは、と驚くと同時に、熱心に要に対して感心するばかり。伽耶は、正式な婚約者として西園寺家に迎え入れられたのだから、もちろん返事は一つだった。 「分かりました。一緒に出席させてもらいます」 「じゃあ、間島。出席って返しといてくれ」 返事を聞くと、手に持っていた招待状を間島に手渡す要。「畏まりました」と、恭しく礼をして部屋の中へと入った間島を横目に、三上が机の上のセッティングを続けていた。 (こんなこともあるだろうって、三上さんにドレスを持って行くように言われていたけど、まさか本当に使うことになるとは……) 食事の準備を整えた三上も「あとは、ごゆっくり」と部屋の中へと行ってしまった。必然的に、伽耶は要と二人きりになる。 「き、気持ちいいですね。バーベキューにぴったり」 「そうだな」 突然、二人きりにされて少し気まずくなる伽耶。九月の中旬にも関わらず、ここは吹く風もどこが冷たさがあって涼しい。広大な庭が広がる西園寺家の別荘は、見渡す限りの緑で他には何も見えず、余計に「二人きり」という事実を突きつけられているようだった。 伽耶がふと隣に座る要を見ると、少し元気がないようにも見えた。 夏休みに入ってから勉強や会社のことで、忙しい日々を送っているという要。その上、彼女と別れたことも少なからず彼の心を波立たせる要因のひとつではないだろうか。そう思うと、伽耶はいたたまれなくなった。 そんなとき、別荘へ着いてから見つけたテニスコートの存在を思い出す。 (そういえば、三上さんが『要様はここでテニスをするのが好きなんですよ』と教えてくれたっけ……) 要の方に向き直ると、肉を焼いている要が「なんだ?」と首を傾げている。 「あ、あの。要さん、テニスされるんですよね?」 伽耶の質問の意図が見えずに、要はなおも首を傾げながらも「まあ、気分転換に打つ程度だけどな」と返した。その返事に意を決した伽耶は、ぎゅっと自分の手のひらを握りしめる。 「じゃあ、明日一緒にやりませんか?」 伽耶の誘いに、要は驚いているようだった。意外、という顔で伽耶を見つめている。 「な、何ですか……?私だってテニスくらいできますよ!」 伽耶が慌ててそう言うと、目を見開いた要は、その後ククッと笑い始めた。どうして突然笑うんだろうと、今度は伽耶が首を傾げる。 「いや、日焼けを気にすると思っただけでテニスの腕を疑った訳じゃなかったんだが」 それを聞いた伽耶は「いや、あの」と、早とちりした自分が恥ずかしくなった。頬を染め、顔をうつむかせる伽耶に、要がふと笑う。 「いいぜ、付き合ってやるよ」 聞こえてきた声に、伽耶が顔を上げた。 「本当ですか?」 「なんだ、自分で誘っておいて」 そういうと、また肩を震わせて笑い始める要。どこが笑いのツボだったのかは、やっぱり分かりそうになかったが、先ほどよりも表情が明るくなった要を見ると、伽耶は勇気を出して誘ってみてよかったと思えた。
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