3章 恋心

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「もうしばらくいることになるが、疲れてないか?」 「ええ。要さんこそ、大丈夫ですか?さっきからいろんな方と話しっぱなしで」 「これくらいは、何てことない。パーティではよくあることだしな」 「なら、いいんですけど」 伽耶はそう言うと、グラスの中のクランベリージュースを飲み干した。 関係者への挨拶も終え、一応今日の目的は果たせた。残り時間があとわずかという中、伽耶は会場の隅の方で要と話しながら時間を潰すことに。お世辞が飛び交う居心地の悪いこの空間も、要と話をしているときは忘れらた。 「要くん」 二人で談笑を続けていると、ふと目の前に男の人が現れた。上質そうな紺のスーツに身を包んでおり、シャープな眼鏡をかけた涼しい顔をした人だった。伽耶には面識がなかったが、隣にいる要は男のことを知っている様子。 「(みつる)さん……」 「充さん」と呼ばれた男は、一切の笑みも浮かべず、ただじっと要のことを見つめていた。その表情からは、どこか冷たい印象を受ける。 「やあ、久しぶりだね。まさかこんな所で出会うとは」 「ご無沙汰しています」 畏まった感じの要から、彼が他の招待客とは違うことが伺えた。隣に立つ伽耶はどうしたらいいのか分からず、対峙する2人をただ見ているしかできなかった。だけど、その『充さん』の不躾な視線がこちらに移ると、一気に背筋が伸びる。 「ふーん、彼女か。婚約者ってのは」 男がそう言うと、要は伽耶の背に手を添えて目配せしてきた。今までの招待客と同じように、伽耶は姿勢を正して目の前の男に挨拶する。 「初めまして、藤島伽耶と申します」 お辞儀をしたあと顔を上げると、刺すような目でこちらを見ている充と目が合った。しかし、その視線はすぐに要に移り、充はフンと鼻で笑った。 「結局アンタの気持ちなんて、そんなもんだったのか」 軽蔑するような眼差しが要に向けられる。それに対して要は表情も変えずに、ただじっと見つめるだけだった。話の内容が見えてこない伽耶は、やっぱり居心地悪くそこにいることしかできない。けれど——。 「未央を捨てて、その女と結婚とは……」 『未央』 その名前を聞いて、心臓がハッと止まってしまうかと思うくらい驚いた。もしかして、彼はという思いが伽耶の頭をよぎる。 「所詮、君も親の言いなりだ」 充はそう言うと、二人にくるりと背を向けた。冷めた、そんな言葉を残して、男はそのまま人ごみの中へ紛れていった。 伽耶は隣にいる要を、ちらりと見上げた。奥歯をグッと噛み締めるような、そんな横顔が目に入り、伽耶も顔をうつむかせた。
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