3章 恋心

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いつの間にかベッドに押し倒され、景色が反転していた。目を開けると、白い天井を背にした要。伽耶は息を切らし、ボーッとした表情で要を見つめた。 「......伽耶」 その声で名前を呼ばれると、伽耶はいつも胸が苦しくなる。切なくなる。それは、きっと初めて名前を呼ばれたあの日を、彼の決意を思い出すからだ。 親に決められた婚約者と結婚することは、ずっと前から決まってた。政略結婚の相手になんか、何の感情も抱かず、ただ書類だけで繋がった関係になるのだと漠然と、そう思っていたのに。いつしか伽耶の中で、小さな想いが生まれてしまった。 この婚約はビジネスのために決められたもので、要には想い続けている人がいる。胸の内には葛藤と、ためらい。でも、要の知らなかった一面をひとつ知る度に、惹かれてく心に、もう目を背けられないと気づいた。 ちらり、と視線を戻せば、また熱っぽい瞳に掴まってしまう。 「あの、要さん……!」 何か言わなければ、と焦った伽耶は近付いてくる要の頬をとっさに両手で抑えた。 「え、あれ……?」 と、そこで要の様子がおかしいことに気づく。触れた頬は、明らかに異常な熱を持っている。よく見れば、顔色も悪い。 「何だ……」 伽耶の突然の行いを怪訝な顔を見せた要。 (もしかして……!) 伽耶は頬に当てた手を額へ伸ばす。 「熱!要さん、熱ありますよ!」 「そんなもの……」 要は、自分の体調の悪さを自覚していないらしい。伽耶はグッと手に力を込めて、上に乗っていた要を押す。すると、いとも簡単に体がどさりと隣に倒れた。 熱のせいで力が入らないのだろう。押しのけられた要は、目元に手をやり、ぐったりとしている。伽耶は起き上がり、心配そうに要の顔を覗き込んだ。 「熱以外に、頭痛とか吐き気とかの症状はありますか?」 「……いいや、ない」 「喉の痛みは?」 「ない」 疲れからくる発熱だろうか。伽耶はベッドから降りて、側にあった電話に手を伸ばした。 「フロントに連絡してみますね」 「……いや、いい。寝れば治る」 「だとしても、念のため。薬も持ってきてもらうようにしますから」 起き上がろうとする要をベッドに寝かせて、伽耶は布団を掛けてやる。どこか気まずそうな顔をしている要に、伽耶はやさしく笑いかけた。 「ゆっくり休んでいてください」 「……悪い」 そう言って片腕で目元を覆ってしまった要の表情は、よく分からなかったけれど、伽耶は急いでフロントに連絡をして、薬を持ってきてもらうように頼むことにした。
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