3章 恋心

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そのあとフロントに連絡をした伽耶は、スタッフから薬と冷却シートを受け取った。間島にも連絡を入れておき、明日は朝いちで病院に連れて行ってもらう予定だ。ようやく落ち着き、伽耶はふう、と小さく息を吐いた。 (……疲れが溜まってるのに、テニスなんかに誘ってしまったわ) 思い返すと、今日はパーティでも要に頼りっきりだったことを思い出す。熱が出たのは、いつからだったのか。自分は一番近いところにいたのにと、体調の変化にも気づけなかったことを反省した。 (彼女のお兄さんと会ったことも、精神的にしんどかったのかも……) バーティ会場を出てからの要の様子は、確かにおかしかった。この部屋に入ってきてからも、どこかいつもと違う気がしていたが、伽耶も自分のことで精一杯で、そこまで気が回らなかった。 さっきはドキドキして、何も考えられなくなったけれど、要の心にはまだ未央がいるはず。 「どうして、キスしたんですか……」 寝ている要に、そう問いかけた。もちろん、その答えが返ってくることはない。寝ている要は、少し幼さを感じる顔でぐっすりと眠っている。伽耶は、そっと髪に触れ、優しくその頭を撫でた。 「きっと、まだ……彼女のことが忘れられない、ですよね」 思い出すのは、初めて二人を見かけていたときのこと。大人っぽい要が、年相応の少年のように笑う姿を見かけたのは、あのときだけだった。 (私には、あんな顔させることなんてできない……) 会社のために、父親のために要はこの婚約を決めたのだ。それを思い出すと、きっと自分は彼女のようにはなれないのだろうと思った。そう思うと、途端に胸が苦しくなる。 「……私たちは、好きで一緒にいるわけじゃないもの」 だから、望んではいけない。願ってはいけない。「愛されたい」なんて、そんな戯言。心に想う人がいる要にとっては、ただ迷惑な気持ちでしかないのだから。
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