3章 恋心

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翌日、目が覚めた伽耶は、自分がベッドで寝ていることに気づいて驚いた。昨夜は要の看病のこともあったし、別に取ってあった部屋に帰るのも忍びなく、はたまた自分からベッドの入って要の隣で寝ることもできるはずもなく。 ということで、伽耶はライティングデスクを枕代わりにし、椅子で寝たはずなのだが、起きてみるとフカフカのベッドの上だったのだ。 あれ、と思い、そっと後ろを振り向いてみたものの、隣には誰もいない。 (要さんは……?) 伽耶は体を起こし、広い部屋の中をキョロキョロと見渡した。けれど、どこにも要の姿は見当たらない。伽耶は布団から抜け出してスリッパを履き、洗面台があるバスルームの方へ向かった。 (ここかしら……) 扉は閉まっていて中の様子は分からないが、かすかに物音が聞こえてくる。ほっと安心した伽耶は、要に声を掛けようと口を開いたのだが——。 「あ……」 突然、扉が開いて要が現れた。ただ、要が現れただけだったら、「熱は下がりましたか?」などと声を掛けるつもりだったのだが、目の前にいる要は上半身裸で、腰にバスタオルを巻いているだけの格好。 濡れた髪から滴る水滴を見た瞬間、その色気に当てられ、伽耶は顔を真っ赤に染めた。当の要は、なんでもない表情で伽耶を見ている。 「す、すみませんでした……!」 勢いよく要に背を向けた伽耶は、そのままベッドルームの方へと逃げていった。 (朝から刺激が強い……) ドクドクと音を立てる心臓を落ち着けるため、深呼吸をしてみるものの、先ほどの要の姿が頭から離れない。別のことを考えようとしたが、今度は昨晩のキスを思い出し、伽耶の顔はさらに赤みを増した。 「おい」 「きゃあ!」 ベッドの縁に座り込んでいた伽耶の近くで、急に声が聞こえ、びくりと体が揺れる。振り返ると、おかしそうに笑う要の姿。今度は、きちんと服を着ていて、伽耶はほっと胸を撫で下ろした。 「そんなに驚かなくても」 「はい、すみません……」 要を見ると、昨日よりも顔色がずいぶんと良くなっており、すっかりいつもの調子を取り戻したようだ。伽耶の胸はまだドキドキとうるさかったが、相対する要はいつも通りの涼しげな表情。 (昨日のことは覚えてないのかしら……) だとしたら、それは幸なのか不幸なのか。それとも、要には取るに足らない出来事だったのだろうか。そう思うと、少しだけ胸がギュッと締め付けられたように痛む気もする、と乙女心は複雑だった。 「熱、下がりましたか?」 「ああ。昨日は、その……悪かったな」 少し気まずそうに言う要に、伽耶も曖昧に笑う。何に対しての謝罪かは、あえて追及しないことにした。 「これから、困ったことがあったら少しは私を頼ってくださいね」 「……分かった」 結局、そのあとも互いに昨夜のキスのことには触れないまま、迎えの車に乗り込んだ。
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