3章 恋心

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(どうしよう……) そんなことを考えている時、伽耶が持っていた小さなバケツの中からスコップが落ちた。カラカラ、と聞こえた音に、ベンチの女子生徒が驚いて体を起こす。しまった、と後悔しても、もう遅かった。 女子生徒——要の元彼女だった未央は、目を大きく見開いて伽耶のことを見た。バチリ、と目が合ってしまい、伽耶も気まずくなる。 「あ、すみません……!」 ハッとした伽耶は、慌ててスコップを拾った。 (とりあえず、手入れは後にしよう) そう思って、その場から立ち去ろうとしたのだが、「待って」と引き止められた。呼ばれて無視するわけにもいかず、伽耶は足を止める。振り返ってみると、未央はベンチから立ち上がり、伽耶のことをじっと見つめていた。 「あなたでしょ?要の婚約者の……藤島さんって」 「そう、ですけど……」 「そんな警戒しないで。何も危害を加えたりしないわよ」 ふふ、と笑う彼女はとても綺麗だった。伽耶がこんなにも近くで未央を見たのは初めて。切れ長な瞳に、筋の通った高い鼻、艶やかな髪が大人っぽくて、とても綺麗だった。 「いろいろ大変かもしれないけど、要のことよろしくね」 未央はそう言って、伽耶に頭を下げた。 (よろしく、って……) その言葉の真意を図りかねる。元彼女からの当て付けなのか。伽耶には、未央がどういう気持ちでそう言ったのか分からなかった。 ただ、未央は何の未練もないように笑い、伽耶の前までくるとその肩をポンと優しく叩く。 目の前まで歩いてきた彼女は、ポンと私の肩を叩く。 「そういうことだから」 未央は、そのまま伽耶の横を通り抜けて歩いていく。そんな未央を、今度は伽耶が「あの……!」と、引きとめた。ぱちり、と目が合う。 「藤堂さんは、今でも要さんのこと——」 そこまで言いかけて言葉に詰まる。黙ってしまった伽耶を見て、未央はふっと笑った。 「……それを聞いてどうするの?」 強い、真っ直ぐな瞳で見つめられる。 「婚約を、解消してくれるとでも言うの?」 返す言葉が見つからず、黙ったままの伽耶を見て、未央はまた、クスッと笑った。 「……冗談よ、そんなこと考えてないわ」 未央はコツコツと革靴の音を響かせて、伽耶の元まで歩いてきた。傍までやってくると、伽耶の耳元に顔を近づけ、小声で話す。 「私と要のこと、心配みたいだから、いいこと教えてあげる」 澄んだ、美しい声が間近で聞こえた。その後、聞こえた言葉に自分の耳を疑った。 「……私は、兄に頼まれて要に近づいただけよ。彼のことなんて、好きでも何でもなかったわ」 頭が真っ白になる。彼女は今、何と言ったのだろうか、と同じ言葉が頭の中をぐるぐると回っていた。
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