1章 冷たい婚約者

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1章 冷たい婚約者

「今、なんて……?」 陽の光に照らされた新緑が庭を彩り、心地良い風が吹く春の日。その爽やかな季節の温かさとは対照的に、伽耶の心はすうっと熱を失っていった。 久しぶりに家族が揃った夕食の場。大きな広間に父と母が隣同士で座り、伽耶はテーブルを挟んだ2人の向かい側に座っていた。少し緊張感のある面持ちでご飯を食べていた中、聞こえた言葉に耳を疑った。 「だから、お前の婚約者が決まったと言ったんだ」 濃藍(こいあい)の着物に身を包んだ父。厳格で礼儀作法にうるさく、一切笑顔を見せない。そんな父は綺麗な所作で箸を持ち、薄黄色の卵焼きを口に運ぶ。淡白な声に、 冷たさを感じるいつもの目は、伽耶を見ずにそう告げた。 「お前は明日から、婚約者の屋敷で暮らすことになるのよ。今日中に支度は済ませておきなさい」 藤紫の着物姿の母もまた、その顔に色を持っていなかった。狐のように釣り上がった瞳、深紅に染まった唇。そのどちらからも、感情は読み取れない。箸を持つ伽耶の手は少しだけ震えていた。 絶望感が胸に広がり、溢れてしまいそうな感情を堪えるため唇をギュッと噛み締める。伽耶が目を丸くして、手を止めてたって気にもしない。 そんな2人を見て、伽耶は思った。 ついに私は見捨てられるんだ、と――。
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