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レモン三つ分の哀しみ
これからどんな話を聞いても、どんなことを聞かれて答えることになったとしても、こうしていれば怖くない。
もしも戸田くんが、レモンのように酸っぱくて涙が出ちゃうような人生の思い出を私に見せてくれたなら、すぐに抱きしめてあげられるように。
つらそうな声でも、ちゃんとこの耳が逃げずに拾ってくれるように、一番近くにいたいし、いてあげたいって思ったんだ。
「ジュース、取ってもらってもいいかな?実は、コーヒーの味がまだ口の中に残ってるんだ。…戸田くん、私から質問した方が話しやすい?それとも、気ままに自分から話す方が楽かな?」
「…そうだなあ。なんとなく、香歩が気になってるんだろうな、ってことを、自分から話すよ。はい、コレ。野菜ジュースで良かったの?」
「うん。肌荒れしたら嫌だからね!…戸田くんは、なんでレモンのジュースにしたの?本当は話すの、苦しい?」
「これは、甘いやつだから。…兄は、父のところ。僕は、母と暮らしてたんだ」
なんとなく、これだけでも想像が出来た。
お父さんとお母さんは、別居か離婚をしていて、お兄さんはお父さんに引き取られて、戸田くんはお母さんに引き取られた、ってことなのかも。
だけど、戸田くんは今一人暮らしをしている。
お母さんとは暮らしていない。
もしかして、お母さんと仲良く出来なくて、一人暮らしをさせられている、ってことなのかな?
…余計な口、挟まないようにしないと。
思わずそのまんまを問いかけようとしてしまったのを、グッとこらえて押し黙った。
「うん。…それは、どうして?」
「離婚だと思ったでしょ?違うんだ。…母も父も、亡くなってる」
「…え」
「兄は、父の実家で暮らしてるんだ。父は会社をやってたから、後継者になる為に元からその勉強をしてたんだって」
「…お母さんと暮らしてた、って」
「父と母は同時に亡くなったわけじゃない。父が先。…母は、病弱だったから。父がいなくなってすぐに体調を崩して入院した。母と暮らしてたのは半年くらいかな。…兄は父に似てるんだ。僕は、なんでそうじゃないのって、よく母は泣いてたよ。僕のことが、好きじゃなかったんだと思う」
気が付いたら、私は下唇を噛み締めて眉間に皺を寄せていた。
こんなことならば、レモンジュースかブラックコーヒーを買うんだった。
ギュウギュウと胸が悲鳴をあげているように締め付けられて痛んだ。
哀しいのは私じゃないのに、涙がボロボロ溢れて来て、それが申し訳なくて手の甲でゴシゴシと顔を擦った。
上手く、呼吸が出来ない。
レモン三つ分、をふと思い出す。
まだ、後一つ、何か残ってるんだ。
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