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スタート
こっちこっち、と窓の外についているデッキの手すりから身を乗り出して、ブンブンと勢い良く手招きしているお母さんは、桃色の、フリルたっぷりのエプロンをつけていて、おめかしをしていた。
戸田くんの手を引いて芝生を進み、デッキの階段の下に靴を脱いで、窓から居間へと入ると、「いらっしゃい!」とお母さんが突然戸田くんのことを抱きしめた。
ソファ座っていた志歩が、お父さんに怒られるよ、と笑う。
きっと私が連絡をして、すぐに焼き始めたのだろう、お母さんの手作りのケーキやクッキーがテーブルの上に所せましと並んでいる。
朝ごはんを食べていなかったので、お腹が鳴ってしまう。
けっこう大きな音だったので、お母さんが気が付いて、さあ座ってね、と私と戸田くんに声をかけてくれる。
「…あの、僕は」
「これはね、これから頑張ってもらう為に、お母さんが精一杯気持ちを込めて作ったスタートのお祝いのご馳走なの」
「え?」
「バカね、香歩。お付き合い出来たらゴールじゃないでしょう。スタート。ずっと、ゴールはないわ」
「あ…、そうか。そう、なんだね」
「それと、お父さん、書斎にいるから。食べ終わったら、彼氏くんはお話をしに行ってあげてね」
ひたすら明るいお母さんに圧倒されたのか、戸田くんは色々と考えていた予定が狂ってしまったようだ。
それでも、いただきます、とぎこちなく笑って、あの本物の笑顔で、フォークを握った。
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