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お邪魔します
「いい?香歩の部屋、見てみたいな、僕」
「…あ!うん!もちろん」
良かった。
何にも変わってない。
パアッと心が明るくなって、私は戸田くんの手を取ると、扉を開けて廊下に出た。
階段を上がって、自分の部屋の前で一旦、立ち止まると、深呼吸をする。
私の部屋に、男性が入るのは、お父さん以外でははじめてのことだったから、緊張してしまう。
「ね、香歩。香歩の家族は、まるで幸せな物語に登場する家族みたいだね」
「え?」
「だけど、そうある為には、僕の想像に及ばないほどの、奇跡や思いやりや一人一人の学び、努力があってこそなんだろうな、って考えてた」
「ん??」
「僕がなまけて来たことを、香歩の家族は自然にやってのけてるってこと」
やっぱり、戸田くんは頭がいいんだ。
なんとなく、言わんとしていることの雰囲気だけは掴めるけれど、正しく理解出来ているか不安でしかない。
でも、多分、褒められているんだよね。
「戸田くんは、怠け者じゃないよ」
「これからは、ね」
その言葉には、戸田くんの決心が滲んでいたのだと知るのは、まだ先の話だ。
ドアノブにかけた手の上から、戸田くんの手のひらが重ねられる。
彼は、お邪魔します、とは言わなかった。
ニコニコとはにかみながら、私の顔を見て、ただいま、だなんて言って、そのことについたじろいでしまう。
お父さんが、お邪魔します、はいらないよ、と戸田くんにツンツンしながらも告げたのだそうだ。
それを、ウザイな、と感じなかった証明。
二人で照れて、バカみたいに「えへへ」だけで会話をしながら、一緒に部屋へ入った。
なんの話をしたっけかな。
なんだか私は嬉しいことばかりで、夢じゃないよね、と何度も問いかけていたことだけを覚えてる。
そのたびに、戸田くんが私の髪を撫でて、うん、と律儀に返事をくれた。
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