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遠く
「わーい!きっもちいいねえ!」
「そうだね。あ、香歩、髪の毛、」
「え?」
「ほら、口に入ってた」
「んっ」
靴とソックスを砂浜にほおって、私たちは浅瀬の波に膝下まで浸かっている。
とんでもないワガママに、戸田くんは頷いてくれたのだ。
何も考えたくない、どこか遠くに行っちゃいたい。
そんな私の独り言が音になった途端、戸田くんは強い力で私の手を握ると、昇降口までひっぱり、靴をはき、私にもはかせ、そして駆け出した。
頭がついて来ない私を振り返り、見せてくれたのは最高の笑顔で、見惚れてしまうように優しい目をしていたから、まるで別の人のようでドキドキしっぱなし。
駅で切符を買ってくれた。
そこには見慣れない駅名。
私たちは、行くんだ。
どこか遠くへ。
叶えてくれるんだ、戸田くんが。
抱き合っている時間も惜しいけど、だけど、今、必要だよね?これは。とくに、キスは。重要よ。
はじまりのシーンで、キスは、重要なの。
私たちの物語には。
そうだ。そうに決まってる。ね、小説家さん。
もちろん、香歩が望むなら、小説家夫人さん。
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