はじめの最果て

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はじめの最果て

 電車に乗って、はじめの方は混んでいて座れなかったけれど、繁華街のある街の駅を過ぎると一気に車内はがらんと空いた。  二人とも黙ったままだったけれど、戸田くんの目配せで椅子に並んで座ると、彼は握っていた私の手と指を絡めて恋人繋ぎに直す。  向かい側には誰もいなくて、窓の外がどんどん見知らぬ景色へと移り変わって行くのを眺めていたら、ワクワクして来て、せっかくの彼氏との遠出なのにお喋りもナシだなんてつまらない、と思えて来た。  もう、今は忘れてしまおう。  お父さんとお母さんに、私の身にどんなひどいことが起こったのか知られてしまったら、今まで通りに楽しく暮らせないんじゃないかとか。  とても悲しむだろうとか、罪を犯したことで優しくしてもらえなくなってしまうかもしれないだとか。  …汚されたと、汚らしいと、こんな娘はいらないと、思われてしまうんじゃないかだとか。  学校だって、変な噂が広がっているのに、1週間も休んでしまったら、もういなかったみたいに私のことなんか誰も相手にしてくれなくなるんじゃないか、だとか。  からかわれたり、傷つくことを言われたりして、また悲鳴をあげたり、取り乱してしまったりして、気持ちの悪い異端者のように扱われる日々が来るんじゃないかって、怖くて教室に入れなくなってしまうかもしれない、だとか。  いいの。  こうして、戸田くんが連れ出してくれたの。  私の壊れた脳にフラッシュと共に流れた最悪な映像は、まだ事実にはなっていないけれど。  みんな、他人の事情なんか、イチイチ気にしてないかもしれない。  だけど、それらはないとは言い切れない私の明日の姿でもあるから。  今は、戸田くんの温度が私の全部。  そう言う風にして欲しい。  甘ったるいことを言って、幸福なテンションで不安を隅に追いやる。  ぎこちない笑顔に守られて、私は戸田くんと二人の最果てへたどり着いた。  駅員さんのいない駅に戸惑って、監視カメラがあるのかなって切符を掲げてジャンプをしてたら、戸田くんがお腹を抱えて爆笑して、ぎゅうぎゅうと私のことを抱きしめる。  石鹸の匂いと、髪を揺らす潮風に、私も戸田くんの背中に腕を回した。  海を見たら入ることしか考えつかない私と、砂浜できょとんとしている戸田くん。  はやくはやく、と大きな声で何度も呼んで、おっかなびっくり私の側まで冷たい泡を弾きながらやって来た戸田くんに、思いっきり水をかける。  やると思った、なんて呆れてため息つく癖に、すっごく優しい目をしてた。  これって走馬灯?  あ、ついさっきまでのことだから、まだまだ過去まで続くのかな?  あれ、おかしいな、どうして、息が。  「…、っ、ダメだよ、香歩、息、鼻でしなくちゃ」  「はあ!…だ、だって、…鼻息聞かれるの、恥ずかしくない?」  「…可愛いんだから、もう」  「次は、上手くするから、もう一回抱きしめて、キスしてくれる?」  「…いいよ。今度は、僕からね。目、閉じて」  「はい」  まつ毛がへしゃげて、くすぐったい。  こんなに近づいて、心まで聞こえてしまいそう。  柔らかい唇がくっついたら、後頭部を手のひらで包まれた。  一度目とは違って、波音だけじゃない。  なんか、変なの、戸田くんの舌ってぶよぶよしてなくて、芯があってかたいね。  たどたどしい、大人になりたがってる子供のするキスは、レモンの味がした。
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