お弁当タイム

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お弁当タイム

 気が済むまで波と戯れて、制服はびしょびしょだ。  だけど暑い季節だし、休憩をしている間に乾くだろうと砂浜に上がると、コンクリートで出来ている堤防の段差に腰掛けた。  後から戸田くんが、海へ向かって駆け出した時に放った鞄とトートバッグを拾って来てくれたので、それを受け取って、中からお弁当の入っている袋を取り出す。  「今、何時だろう。確かにお腹が空いたね」  「じゃじゃーん!私の手作り。見てみて!…あ!っ、やっぱやめ!」  掛け声と共に大袈裟に持ち上げたお弁当箱の蓋を、バッと閉めて、覆いかぶさって隠すと、こんなはずじゃ、と嘆いた。  せっかく早起きをして、お母さんに教えてもらいながら一つ一つ自分の手で用意して、調理して、飾り付けをしたのに。  「ぷ。いいよ、気にしないよ。美味しそう。ありがとう、香歩」  「…でも、寄っちゃってる…。本当はね、もっと綺麗に詰めたんだよ」  「わかってるよ。心を込めて作ってくれたのも、一生懸命詰めてくれたのも、わかってる。だから、食べさせてよ」  「…うん。あのね、これはちゃんとお出汁を使って作った卵焼きでね、こっちのちっちゃいハンバーグは、三回焦がして、これとこれだけは成功したから、本当はケチャップでハートが描いてあったの」  お箸とお弁当箱を戸田くんに渡すと、私は自分用の小さめのおにぎりをアルミホイルの包みを剥いてパクっと食べる。  実は、戸田くんのお弁当を作ることに必死になっていて、朝ごはんを食べていなかったし、自分の分のお弁当まで作る余裕がなかった。  大好きな、ゆかりご飯をもぐもぐと咀嚼して、飲み込もうとする。  だけど、どうしても喉を通って行かない。  ヒリヒリとした痛みが、ツンと鼻の奥を突いて、くしゃみが出る。  ついでに、ぼろぼろ涙があふれて来て、鼻水まで垂れた。  嫌だ、ダメ、我慢して、私の体、言うこと聞いてよ、まだダメ、泣いたりしたら、だって、楽しいのに、こんなにハッピーなのに、泣いたりしたら。  終わっちゃうよ。  私たちの、逃避行。  幸せな思い出になって。  消えちゃうの、きっと。  だけど、それでいいのかもしれない。  大切過ぎる記憶は、苦しい日々の中では苦しいだけだから。  「美味しいよ、香歩。…ねえ、明日も作ってよ。明日も食べたいし、明後日も食べたいし、ずっと食べたい。香歩のご飯、未来でも食べたいな、僕」  「…あ、…あし、た?」  バカだなあ、戸田くん、頭いいのに、何言ってんの。  私は明日、学校には行けないんだよ。  停学中なんだから、一緒にお昼は食べられないんだよ。  「…勝手にごめんね。香歩のスマホ、電源切ったんだ。パスもかかってなかったから。…みんな、香歩のこと探してるよ」  「…戸田くん、…戸田くんは、戸田くんは!わ、私を、探しに来たことに、して…!わ、私が、自分で、一人で、」  「ううん。僕は逃げないよ。…何もかも終わりだなんて、思わなくっていいからね。たった一度、一つのことで絶望したら、全てがおしまいだなんてこと、人生にはないんだよ。大丈夫。側にいる」  きっと、真面目な話を真剣にしてくれているんだと思う。  なのに戸田くんは、お弁当を食べるのをやめない。  涙は次から次へとぼろぼろとこぼれて、私のおにぎりは強く握りしめた手の中でぺっちゃんこなのに。  おかしくて、笑っちゃった。  泣き笑いって、けっこう大変で、しゃっくりが出るのに、笑い声ももれるから、不審者みたいになっちゃって、もうイヤ。  大好きな人に、こんな変なとこ見られて、それなのにその大好きな人は美味しい美味しいって言いながらほっぺたに米粒いっぱいつけてるの。
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