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ゆかり味
もうイヤだ、大好き過ぎてもうイヤだ、離れたくなくてもうイヤだ、お母さんに会いたくてもうイヤだ、お父さんに謝りたくてもうイヤだ、ホノカが心配でもうイヤだ、ルミにありがとうって言いたくてもうイヤだ、学校に行きたくてもうイヤだ、私がもっとちゃんとしてたら、私がもっと普通だったら、私が、私が、…私は、変わりたくて、前向きになりたくて、ギャルになったのに、いつまでも昔のまんまで、もうイヤだ。
…このまま、つらいつらいって言って。
戸田くんに夢みたいな時間だけを求めて、自分は現実から目を逸らすの?
そんなのは、もっと、もっともっとイヤだ!!
「大好き、戸田くん。…ありがとう。私、明日、戸田くんのバイトが終わるの待ってる。家から出してもらえたら、だけど」
「うん。楽しみにしてる。カレーが食べたいな」
「わかった。…もー、いつまで食べてるの?私、手え洗って来るね。ここ上がったとこに、干物屋さんがあったから、水道借りるね」
「僕も行くよ」
「うん、喉乾いたね。自販機もあったよね」
ぐ、っと泣きたいのを無理して耐えてみる。
出来るじゃん。
叫びたい。
だけど、それもんんーっとお腹に力を込めて我慢する。
平気、出来る。
自分をコントロールすること。
感情が爆発する前に、一瞬でもいいから冷静になること
私に、必要なこと。
それが出来たのは、私の表情が歪むと、戸田くんが目を見て頷いてくれたからだ。
少しずつでもいい、出来るようになる、私は私を訓練していかなければいけない。
だけど、空っぽになったお弁当箱に、泣くのはいいでしょう?
だって、嬉しいんだもん。
戸田くんのぽっこりしたお腹に腕を回して、へらべったい薄い胸におでこをぐりぐりと押し付けた。
私の汗と、戸田くんの汗が交じり合って、彼の制服の白いシャツに大きなシミが滲む。
遠で誰かが、私の名前を呼んでいる。
見つかる前に、あとちょっとだけ、と。
悪戯っ子みたいに口の端だけで笑って、戸田くんが私の上半身を抱き寄せた。
私たちは、これから何があっても、歩いて行こうね。
もしも引き離されたとしても、テレパシーの使い方を編み出してみせる。
いつだって戸田くんにアクセスする方法を模索して、必ず再び出会うと誓うから。
これから待ち受けている困難なんか、人生の中のほんの一幕でしかなくて、しんどいことは山のように待ち受けているのかもしれない。
それでも私は進むから。
時には闇雲に。だけどきっと正しくあなたへと。果てしなくても。
「香歩の舌って、絹みたいだ。母の着物の感触。だけど、もっと可愛くて、愛しくて、すっぱくって、物語の中だけにしかない宝物みたいな味がする」
「…それ、ゆかりの味だと思う」
「ふふ。ごちそうさま」
「はい。おそまつさまでした」
そこはレモンでしょ、とは言われなかった。
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