『好き』の行く咲

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『好き』の行く咲

 キーンコーンカーンコーン。  六時限目のチャイムの音が鳴り響く。 「これで科学の授業を終わります。ありがとうございました」 「はい! 今日は実験の片付けもあるから、ここで解散な! お疲れー!」と先生は颯爽と教室を出ていく。  先生がいなくなった理科室では、片付けをする人、帰る人、雑談する人とそれぞれが行動をはじめた。  あと数週間で中学を卒業する。  この生活もあと少し。なんて考えていると「ユキは帰らないの?」と声が聞こえてくる。声がする方を向くと彼氏のハルがいた。  ハルとは家が隣同士で生まれた時からの幼なじみ。中学二年の時からなんとなく彼氏彼女の関係になった。なったというか家が隣で同時期に子供が生まれたということもあり、親同士が仲良しになった結果、私たちが小さい頃に「子供たちが大きくなったら結婚させよう」という親が勝手に決めた許嫁みたいな感じからの流れというのが正しい。ハルのことは好きだけど、それは人として好きであって異性として好きとは少し違う。異性として気になる人が本当は他にいる……けどその気持は心の中だけにしまっている。  私もハルも目立ったり、からかわれるのが嫌で付き合っていることは隠している。私たちの親友である一人を除いては。 「ハルこそ、帰らないの?」 「ここでね、一夏(いちか)と待ち合わせしてるんだよ」  一夏が私たちの親友であり、私たちの秘密を唯一知る人物。 「え? こんなところで?」 「そ、こんなことろで。教室だと、煩いからここで話すことにしたってわけ」 「それなら家で話せばいいのに」 「と思うでしょ? 一夏は卒業ライブにでるでしょ。それが忙しいみたいで、ほぼ家に帰っていないみたいなんだよね」 「中学生がそんな生活って……」 「まあまあ、中学の卒業式でライブ演奏が出来るなんてないからね、気合が入っているんでしょ」 「ねぇねぇ、二人共! 今から時間ある? いつものとこ、行こ?」と親友の秋七(あきな)が声をかけてくる。  秋七は私とハルの関係を知らない。だって、秋七はハルのことが好きだから。ずっと隠している。ハルは鈍感だから秋七がハルを好きってことは知らないみたい。 「あ、今から一夏と二人きりで内緒の話をね」とハルは子細顔な表情をみせる。 「なにそれ! めっちゃ気になる!」と秋七は無邪気な笑顔で机に両手を置きながらピョンピョンとジャンプする。  秋七はハルの前だとより一層に可愛さを増す。好きな人の前で可愛くなっちゃう感じ、ちょっと羨ましくもあり、私がもし異性ならキュンってなっちゃうこと間違いなし。 「だ~め! 男同士の大事な話だからね」とハルは口に人差し指を当て内緒のポーズをしながらウインクをする。 「ぶ~! じゃあ、それが終わったら行こ? ね? いいでしょう? ハル、好きでしょ?」と秋七はウルウルとした上目遣いと甘い猫撫で声で話しかける。 「すげぇーーー好き!」とハルはにかっと笑う。 「私もハルに負けないくらい、すげぇーーー好き!」と返す、秋七。  この二人の好きの話はいつもいくカフェでオーダーする、パンケーキの話。のはずなんだけど……告り合っている二人に見えなくもない。とちょっとだけ思った。 「ハルたちの話が終わったら、二人で行ってきなよ」  私はこうやって余計なお世話をしてしまう。悪い癖だ。 「ということで! 待つ! ハル、いいでしょ?」と秋七は期待の眼差しを向ける。 「いいけど。ユキのその言い方だとお前行かないみたいじゃ……っとこの音は! 来た来た! 少し隠れんぼしようっと」  ハルは秋七の腕を引っ張り、二人で私が座っている対面の机の下に姿を隠した。机の下は二人が入れば確実に密着する、そんな空間だ。私は少し複雑な気持ちになった。  リンリンリン、と鈴の音が近づいてくる。この鈴の音は一夏の音。一夏は修学旅行で買った、三人お揃いの鈴をギターバッグにつけている。  一夏は理科室に入り、キョロキョロとしている。ハルを探しているのだろう。教室全体を見渡してから、真っ直ぐに私のところへやってくる。 「ユキ、お疲れ! ハルを知らない?」 「あれ? さっきまでいた気がするんだけど、どこに行ったんだろう?」  仕方がない、ハルに合わせてあげよう。ハルは人を驚かすのが好きだから、ワッ! とかいう感じで出てくるのかな。 「おっかしいな~ここで待ち合わせっていってたんだけど」 「へぇ~そなの?」 「そいや、ユキ。髪切ったのな、すげぇ似合う!」 「ホント? 嬉しい! みんな、失恋したの? とかロングのほうが似合ってたとかショートは男の子みたいとか言うんだよ。この髪型、気に入ってるのに誰も似合うって言ってくれなかったの」  私はなんとなく女の子らしいって言葉があまり好きではなくて。女の子らしいより、自分らしいって言う方が好き。母に「女の子はロングの方が可愛いわよ」と言われて髪を伸ばしていた。そして高校生にもなるし少し早いけど心機一転! ということで胸下まであった髪をショートカットにした。髪を切ったら心の重さもなんだか軽くなった気がした。 「みんな、ロングのユキが好きってことだったのかね? 今の髪型はユキらしくていいと思うけど」 「でしょでしょ? 私らしいでしょ! ショートの私もいいでしょ?」  なんとなくこの髪型を褒めてほしくて少しだけ詰め寄ってみる。  すると一夏は優しく微笑みながら真っ直ぐ見つめてくる。そして少し間をあけてから「好きだよ」と言った。 「え?」 「あ! えっとショートヘアのユキも好きってことね」と顔を真赤にする一夏。 「え、あ、うん! もちろんわかってるよ!」  なんとなく告白されたみたいになって少しだけ恥ずかしくなる。顔を合わせられなくなり、沈黙が続く。な、なにか話さないと! 「あ! 聞いたよ! 卒業式ライブをするんだってね! 楽しみにしてるね」 「ああ、そうなんだよ。俺、頑張るからちゃんと聴いてな」と一夏はにかんだ笑顔を見せる。 「一夏の弾き語りはあるけど、バンドセットライブなんてはじめてでドキドキしちゃう」 「ユキがドキドキしてどうすんだよ。俺のが緊張してるんだから」 「そりゃそうだ!」と私たちは顔を合わせて笑い合う。 「そうだ、俺ね。卒業ライブでね、シエルエトワールの曲やるんだ」 「シエト! 去年、メジャーデビューしたバンドだね」 「そうそう! 俺ね、この曲が好きなんだよ」と一夏はスマートフォンとイヤホンを取り出し、私にイヤホンを渡す。  イヤホンを耳にすると一夏が再生ボタンを押す。ピアノの音からはじまるアップテンポなメロディ。私は色んなジャンルの音楽を聴くが、特にピアノがメインの曲が好き、そしてピアノだけではじまる曲が好き。そしてリリックが物語のように構成されている曲が好きだったりする。流れてくる音は私の好きが詰まった音楽だった。 「うん、いい曲だね! 音もいいけど、特にリリックすっごく刺さる! 好き!」と笑顔を見せると。そんな私の頭をポンポンとしながら「俺はすげえ、好き」と一夏は太陽のような眩しい笑顔を見せた。「私もすげえ、好き」と一夏に負けない笑顔と大きな声で返すと一夏は顔を真赤にして、ガシガシと頭を撫でて去っていった。リンリンリン。鈴の音はどんどん小さくなっていく。  私の本当の好きな人。それは一夏。  一夏はあまり話すタイプではない。でも一緒にいるだけでなんとなく心で会話をしているような感じがする人。隣にいてくれるだけで心が落ち着いて、会話をするテンポも歩く速度も一緒。一緒と言うか合わせてくれているのかもしれないけど。そして彼だけが、私を女子ではなく一人の人としてみてくれる。  年長さんの時、幼稚園内でランドセルのサンプルが展示されたことがあった。みんな赤やピンクや紫のランドセルを選ぶ中、私は黒を選び「このランドセルがいい」と言った。その場にいた親も友達もその言葉に驚いたのか一瞬でその場が凍りついた。女の子の見た目をした私が黒を選ぶことがあまりにも不思議だったのだろう。今までワイワイしていたのに誰も喋らなくなった。母は慌てて「女の子なんだから赤とか紫なんてどう?」と言った。友達も同じようなことを言った。けど一夏だけは「黒、かっこいいよね! ボクも黒がいい! お揃いだね!」と言ってくれた。結局、親が決めた赤のランドセルになった。でも一夏がたまに交換してくれて黒のランドセルを背負うことが出来た。一夏は私の好きや個性を理解してくれる人物でもある。雲ひとつない天色(あまいろ)の空を見ていたらそんなことを思い出した。 「うんうん。青春だ~ね~、ユキさん」とハルの声が聞こえてくる。  ハルの横には顔を真赤にした秋七が両手でスカートをギュッと掴みながらぼーっと突っ立ている。何があったんだろう? 「もう! 一夏いっちゃったよ、はやく追いかけなさいよ」 「あとで謝るから大丈夫」 「もうっ!」 「ユキは今の言葉の意味、本当にわかってる?」 「リリックがすげえ、好きって話?」  うん。本当は知ってるよ。だから気がつかないフリをしている。  今はそれでいい。そう思うから。 「まあ、それでいいや」とハルははにかんだ顔で私の頭をグリグリと撫でまくる。 「痛いよ~髪ぐちゃぐちゃになっちゃうよ~」 「僕だって痛いんだよ~ぐちゃぐちゃなんだよ~」 「もう意味分かんないよ~」 「とにかく今は甘いものがないとダメだ! 行くぞ! 二人共!」とハルは秋七の背中を押しながら私の手をギュッと握る。
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