一瞬だけでも君の思い出に

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一瞬だけでも君の思い出に

 アナタのことが好きです。  この言葉をアナタに伝えることができたなら……。  僕の好きな人は同じ大学の先輩だった人が好き。  僕の好きな人の好きな人は僕の中学の担任の先生で、部活の顧問。  偶然なのか。  必然なのか。  もしくは神様の悪戯なのか。  アナタは夏と秋が入れ替わる季節に僕の通っている中学に教育実習生として赴任してきた。  その瞬間……  春じゃないのに桜が満開で咲き乱れ、桜の木の下で手作りのお弁当を広げて  夏じゃないのに大きな花火が上がって、ハート形の花火と同じ形を手で作ってみせ  秋じゃないのにカラフルな紅葉でいっぱいになって、木の下で同じ本を読み  冬じゃないのに雪が積もってカマクラを作って、手袋越しに手を繋ないで雪が降るのを眺めたり  アナタと一緒に時間を過ごす映像が勝手に流れてきて  アナタの笑顔で世界が輝く  そんな想像で頭の中がいっぱいになった。  でもアナタの好きな人も傍にいる……嬉しい気持ちが半分、モヤモヤした気持ちが半分。  ……嘘。 やっぱり嬉しさが200%!  アナタとは去年、中学と大学の共同での部活の夏合宿で出逢った。  当時、アナタは大学三年生で僕は中学一年生。  僕は元々別のスポーツをしていたが同級生に誘われ、中学からアーチェリーをはじめた。新しいスポーツをはじめるのは思ったより難しく苦戦していた。そんな時、アナタと出逢った。 「うふふ。グリップは握るんじゃなくて添えるんだよ。みてて!」と言って、手をパーの状態でハンドルに手を添え、弓を引きはじめた。 「こうやって、添えるだけ、支えるだけでいいんだよ。みんなの手を見ると、握っているように見えるよね、わかる! でもね、実際は違うんだよ。ギュと握っちゃうとハンドルが固定されなくて、リリースした時に動いちゃうから自分が思ったように的に当たらなくなるんだよ」 「わかりました! やってみます」と言って僕はアナタのいうようにやってみる。サイトで的のど真ん中が視界に入る。焦らずにゆっくりと引き、リリースする。するとはじめて、的の中心、黄色の部分に矢が刺さる。しかも黄色の二重丸の中の内側、点数にして最高得点である10点、点数票にはX(エックス)と書かれる場所。 「わぁ! おめでとう! やったね」とくしゃくしゃの笑顔でぴょんぴょんと飛び跳ねて僕以上に喜んでくれるアナタ。 「はじめてのXです。嬉しいです。ありがとうございます」 「あれ? 私だけ盛り上がってごめんね」 「ごめんなさい。すごく嬉しんですけど、あまり感情表現が得意ではなくて……」 「そっか! うんうん! 謝ることじゃないよ! それが個性ってことじゃない! 私は人よりテンション高くて喜怒哀楽を出しまくる! その逆もありじゃない! みんな違うからステキなんだよ!」とアナタは優しい笑顔でダブルピースをする。  いつも感情表現が上手く出来なくてバカにされたり、みんなから冷たい、つまらない奴と言われてきた僕にとって、アナタのその言葉で僕は僕のままでいいんだと言われた気がした。無理しなくてもいいんだって思わせてくれた。 「あ! でもでも! 言葉は書いたり口に出したりしないと伝わらないって思う! 感情や表現、相手の状況で多少の温度感はあるとしても伝えたいことは伝えようとしないと伝わらないって思うぞ!」 「そうですね。ありがとうございます、先輩」 「こちらこそだよ、後輩くん! 自分らしく、そして好きを楽しんでいこっ」 「はい!」  時間にしてたった五分くらいの出来事で会話なのに、僕はアナタのことを好きになっていた。    アナタはとても教えるのが上手くて、失敗しても笑顔でまた教えてくれる。それが本当に嬉しくて楽しくて。  だから僕は、本当は出来ることも出来ないフリをしてしまう。  だから僕は、本当は知っているのに知らないフリをして聞いてしまう。  だって、アナタの笑顔がみたいから。  ……独り占めしたいから。  でも知っているんだ。  アナタがたった一人にしかみせない笑顔があることを……。  アナタは気が付くと先生のことをキラキラした目で追っていて。先生がボケると、タイミングよく合の手を入れる。先生と話すタイミングをずっと待っていて、話しかけられた時のふにゃって頬をピンク色にそめて幸せそうに笑う顔が本当に可愛くて。  アナタはずっと先生のことしかみていないから……  僕がアナタのことをずっと見ていても気が付くことはないんだ。  先生が好きなままでもいい。  アナタの笑った顔が見ることが出来るなら……。  そう、思っていたら。  あっという間に教育実習の期間は終わってしまって。  今日で最後って日に……  先生は「楽しかったよ。またな」とアナタの頭に優しくポンポンと触れ、ハニカんだ顔でチョップをする。 「先生、なんでいつもチョップなんですか!」  アナタは怒ったつもりなんだろうけど、触れられた嬉しさが隠せていないよ。 「って言われても、生徒たちにもいつもこうだしな、なあ?」  確かに先生はいつもチョップでコミュニケーションを取る。  僕は仕方なく話を合わせて「そうですね。先生の得意技ですね」と言う。  でも、先生。僕たちにはいつも真顔でやるくせに、彼女の時だけは嬉しそうなのは知っているんですよ。 「今日で最後なのに……」  アナタは寂しそうな顔をする。 「最後? 俺はそんなつもりはないけど?」  アナタは不思議そうに先生を見つめる。 「俺と同じ先生になるんだろ? これからも色々と教えてやるよ」  先生、僕らには「顧問が面倒だ」っていって合同合宿にしたんですよね? 「え? いいんですか!」  そんな嬉しそうな笑顔……みたくないよ。 「おう。何でも相談に乗ってやろう。俺は優しいからな」  僕ら部活の指導なんかされたことないのに? 基本アーチェリー場にもみに来ませんよね? 「先生も優しいところがあるんですね! 見直しました」  ああ……僕の入る隙間が見当たらないよ。 「仕方がないだろう。俺がみてやらないとお前は一人前になれないからな」  本当はこれからもずっと傍にいてやるよって思っているんでしょ? 「ありがとうございます! これからもよろしくお願いします」  一度でいいから……僕にもその笑顔を向けてほしかったな。 「おう。ずっと面倒みてやるよ」  それは……プロポーズの言葉ですか?  そんな笑顔、僕たちにはみせたことないですね。  先生が去ったあと、アナタは「ずっとこの時間が続けばいいのに」と少し寂しそうな顔をして言うから。僕は思い切って「それは本人に言わないと伝わらないですよ」って言った。  そしたらアナタは「私ね、彼のことを想っているだけで幸せなんだ。昔はね、憧れの人ができたらその人に釣り合うように頑張ろうとか隣に寄り添いたいなとか思っていたの。でもね、今はそうは思わない。頑張ろうとは思うけど、私が隣にいたいとか思わない。だって、今の彼が好きだから。私が隣に行くことで彼の今の世界を壊してしまったらと思うと怖いから。だから今のままで……想いを伝えずに遠くで見ているだけで十分なんだよ」  彼女は目に涙をためた笑顔でそう言った。  僕は知っていたから。  気づいてしまったから……。  アナタと先生が両想いだってことに。  だからアナタに言ったんだ。 「他人に興味なしの無口無表情のあの人があんなこと他の人に言うと思いますか? ずっと面倒見てやるって言った時のあんな笑顔、僕は見たことがないですよ? 自分のことより他人のことを優先して何事にもいつも笑顔で一生懸命なそんなあなただから、先生からこんなにも愛されているんですよ。僕もそんなあなたが好きです」  これは本当は告白だったんだけど、彼女にはそうは伝わらない。  でもこんな形でも言えたなら僕は幸せなのかもしれない。  アナタはずっと先生しか見てこなかったんだから、自分に対してと他の人に対しての態度が違うことはわかっているはずなのに……なんで僕がこんなことをしないといけないのかな。  アナタは先生を追いかけていく。  僕が先生より先に出逢っていたなら、あなたの隣にいることはできただろうか。  もし、僕が同級生か先輩だったら。  一緒に授業を受けて、部活を一緒にして、休みの日は一緒に出掛けたり、バイクに乗ってツーリングとか……。  どうやったら僕の存在を認識してくれますか?  もっとこのスポーツで活躍したら気が付いてくれますか?  先生みたいに身長が大きくなったら視界に入ることができますか?  もっと大きな声を出したら僕の想いは伝わりますか?  面白いことを言って楽しい話をしたら僕に笑顔を向けてくれますか?  どうすれば……あなたの傍にいることが出来ますか。  きっと……同級生や幼馴染だったとしても先生のことが好きになるんだろうって思うから。  想いは言葉にしないと伝わらないけど、言葉にできない想いはどう伝えればいいのだろう。声を大にして「好き」と言いたいのに、そのコトバが僕から出たがらないんだ。  この恋が実らないってわかっていても……それでも願ってしまう。  アナタの笑顔を独り占めしたいと。 「ねえ、明日でいなくなっちゃうよ? 告らなくていいの?」と幼なじみの女子が話しかけてくる。 「伝えた……つもりだけど伝えていないかも。これでいいんだ、彼女と先生が両想いなのは明白だし……。僕の入る隙間なんてないから」と僕は両手の拳をギュッと強く握り、溢れそうになる涙を必死にこらえる。 「いっていないのに振られたって? 振られてから失恋っていいなよ。こっちの思い出に入り込んだんだ! あなたも思い出の一つに入れてもらわなきゃフェアじゃないじゃん! 当たって砕けちゃえ。ダメなら私が彼女になってやんよ! なんてね!」と幼なじみの女子は僕の代わりに涙を流しながら笑顔を作り、僕の背中をバシバシと叩く。 「わかった! いってくる!」  幼なじみに背中を押されて僕はアナタを追いかける。    僕は意地悪だ。  どうせ、この気持ちが伝わることも叶うこともないのだから……。  僕という存在だけでも認識して、少しでも僕を見てほしい。  そして……一瞬だけでもアナタの思い出に入り込んでやる。  想いは言葉にしないと伝わらない。  だから僕はアナタにこのコトバを伝えたい。 「好きです」
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