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「すんませーん、オーダーお願いします。ワタシこの目玉焼きハンバーグセットで。菰野くんはどなえする?」
「胡麻マヨ鯖焼き定食と、黒蜜パフェ二つ」
「え、二つも食べるん?」
「一つは私の奢りです」
大きな目をくるりと見張った彼女の頬が、薔薇色に上気する。
「やっぱ菰野くんてすごいわ、よう見ちゃーらして! うちめっちゃ食べとーて、でも流石にカロリーオーバーやさけ諦めたのに! んもーずるい! でもそこが好き!」
「先輩、少し声のトーンを押さえましょうね」
苦笑しながら菰野はお絞りで手を拭う。……こんなもの、気遣いじゃない。受け売りだ。そう、転職先のピンクブロンドの先輩が、自分にそうしてくれたように。
「あーあ。やっぱ心配やわぁ」
「何がでしょう」
「菰野くんが! 見んうちにどえらい格好よくなっちゃてらしょ! ただでさえ優しいんに、ライバル増えてまわあ」
「はあ、先輩が心配される事はありませんよ」
こんな会話は、初めてじゃなかった。付き合ってみないかと、彼女に告白という名の打診を受けた事もある。しかも一度や二度ではない。菰野は丁重に断った。
彼女みたいな女性と恋人になれたらどんなに幸せだろうと想像したけれど、その手を握り返す事は出来なかった。彼女と本当に傍にい続けられる男は、高野しかいないのだと、菰野にはそう思えて仕方なかったからだ。彼女を鈍感だの不実だの責めるつもりなんて微塵もない。ただ、菰野は自分だけを見てくれる誰かを強烈に望んでいた。
彼女の情熱的で溌剌とした愛情の表し方は心地よくても、彼女を慕い続ける彼には敵わないのだと思い知らされたくはなかった。察しのいい彼女は菰野の言わんとする事を察して、それでも今尚自分をお気に入りの後輩として可愛がってくれる。
高野と付き合い始めたという話は聞かないまでも、彼らの縁は確かに続いていくのだろう。ずっとそれが羨ましかった。妬みそうになった事もあった。それくらい自分は―─きっと、孤独を感じているのだろう。
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