最強怪人はこの理不尽を説明してほしい(後)

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最強怪人はこの理不尽を説明してほしい(後)

意味がわからなかった。何で追放? (しかもどこっ?) 開いてない口は塞ぎようも無いが、口が開いても塞がらないだろう。突飛が過ぎる。 だが絶句するシャドウハーフを置き去りに、相手は話を進めた。初めから変わらないマイペース振りだ。誉めてない。 「貴様が、可愛いデルフィニウムを脅かしても困るのでな! 私の権限で追放させてもらう! 地球にな!」 「地球っ? ふっざけんな!」 場所を聞き、シャドウハーフはガチギレだった。だけど、相手は意にも介さない。 「ふ、嫉妬に狂った貴様がデルフィニウムに何を仕出かすかわからんからな! 当然の処置よ。 やれ!」 相手の高らかな号令と共に、数人の怪人が現れ複数がシャドウハーフが取り押さえると、一人が手を翳す。 「シャドウハーフ、……御免!」 絶句の不意を衝かれ、不覚を取ったシャドウハーフ。 「くっ……!」 瞳が通常の碧から力を解放する橙に変わるも、取り押さえる怪人たちも手練れで重量級タイプなのか、簡単には振り解けなかった。 「……っ様ら! 地球への追放なのだぞ! おかしいとは思わんのか!」 「我らとて、理不尽だとは思うのです! だが属する流派の手前、従わない訳にもいかんのです!」 「いや、理不尽以前に異常だろ! 貴様らの上層はどうなんだ! こんなことがゆるされるのか!」 「ダーククリムゾンハーツ様は我らが流派の次期頭領になられる方ですので……無碍には出来んのです」 (あー、アイツ、『ダーククリムゾンハーツ』って名前だったのかー……。言われてみれば、胸元のヤツがハートの形してるわ) 「じゃなくて! 貴様ら正気か!? 地球行きと言えば、実質の永久追放だぞ!」 怪人世界と地球と言う惑星は次元で隔てられている。行き来にも次元移動能力を持つ怪人が不可欠で、 物の輸送だけでも、次元転送能力を持つ怪人が必要だった。誰もが自由に渡れたり物を送ったりは不可能なのだ。 要するに、一度送り出されてしまえば、あちらに次元移動する手立てが無い限り到底戻ることは叶わない。 こんな不可逆の地への追放なぞ、使用用途はただ一つ。 「罪人でもない者を送り出すなど、正気の沙汰ではない! 目を醒ませ!」 ……そう。詰まるところ、罪人共の流刑だ。 加えて、怪人世界は弱肉強食。強者が法だった。 流刑に処される怪人は、皆、秩序から脱落した弱者なのだ。 地球を襲う悪の組織や怪人は、怪人世界でやって行けず罪を犯し堕ちた結果、最弱の世界で一旗揚げようとした者たちだった。 「そんな中に私を入れるだと! 冗談じゃない!」 地球への流刑は罪人で、弱者。 コレが常識の世界で今回の追放など、日々鍛え自己研鑽に勤しんでいたシャドウハーフには度し難いものが在った。 「くそっ! 放せぇえええ!」 暴れるシャドウハーフ。が、無情にも次元転送能力者と思しき怪人の手が光り、シャドウハーフの足元にも光の円陣が現れる。 「シャドウハーフ! しばしの辛抱です! いずれお戻りいただきますゆえ!」 「や、絶対嘘だろ! 向こうには手段も無いくせにどうやって……!」 「いえ……実はダーククリムゾンハーツ様は何度も行かれてお戻りなのです……。 そのせいか……面妖な思想にハマってしまわれたようですが……」 「は? じゃあまさかアレ、素なのっ? 婚約とか何とかも、アイツが被れたオタクってこと……っ?」 「(それがし)にはよくわかりませんが、それらを口にしておられるのはダーククリムゾンハーツ様のみです……」 「はぁああっ? ざっけんな、クッソがぁああああ!」 咆哮するシャドウハーフ。けれども転送は終盤に差し掛かり、 怪人たちが巻き添えにならぬよう引いた今、拘束は無いのに固定され、動くことは出来ない。 「ゆるさない! 絶対にゆるさな──────」 轟く怒号を最後に、最強怪人シャドウハーフは消えた。 あとには次元転送に因る歪みに揺れる景色と、 人知れず、ダーククリムゾンハーツにも気取られず、可憐に微笑むデルフィニウムの姿が在った……。 ・・・・・・ 「プラチナサンシャインスライダー!」 「ぎゃあああああああああ!!!!」 一人のヒーローが、怪人を倒していた。怪人はヒーローの強力な必殺技の前に爆ぜて散る。 怪人が放った断末魔の残響が消失し、気配も無くなるとヒーローは変身を解除した。 変身解除後、そこに立つのは戦闘服に身を包む精悍な青年。 名を白鉄陽醒(しろがね ひさめ)と言う。 とあるPMSC────いわゆる民間軍事会社が運営する、防衛組織のエリート隊員だった。 適性が認められ対怪人戦闘用の改造人間となった白鉄は、日本支社の関東支部に属しており、担当は東京地区。 日本でも人流も物流も過密な首都東京は激戦区で、白鉄の上げる事件件数も群を抜いていた。 そして、近ごろは異常な達成率を誇っている。理由は……。 「……おい。 いるんだろう……出て来たらどうだ?」 白鉄が、後背に呼び掛けると、かた、と音をさせ物陰から何者かが出て来る。 「……」 大きな建物の陰から人影が分離するように、音も無く姿を見せたのは美しい女性だった。 「……」 「……」 しばらく、無声の睨み合いが続く。 静寂を破ったのは、白鉄だった。 「なぜ、お前は俺に助言をくれる? 何が目的なんだ……? 影未(えいみ)」 影未と呼ばれた美女は、くすりと笑った。 「また、それ?」 艶然と微笑する影未に刹那、白鉄は頬を赤らめるも、すぐに朱は引く。 動じてなどいないと、誇示するみたいに。もっとも並外れた動体視力の影未には、余り意味は無かったが。 「お前は何も知らなくて良い。 私は怪人に復讐を誓う者。 それ以上でもそれ以下でも、ましてやそれ以外でも無い」 影未は宣言すると、踵を返した。 「ま、待て……!」 慌てて追うも、白鉄が建物の裏へ回ったときには、影未は影も形も無かった。 「……」 ・・・・・・ 白鉄との逢瀬のあと、影未は一人路地裏を颯爽と歩いていた。 “怪人に復讐を誓う者”。嘘ではない。 (ゆるさぬ……絶対にゆるさぬ……!) 影未の瞳に、束の間、押し寄せる感情の荒波で橙の色味が差す。 彼女こそ、不当に地球へ追放されたシャドウハーフその人だった。 今の影未の容姿は、シャドウハーフの体をリデザインしたものだった。 リデザインとは、怪人が持つ特性の一つで、環境に合わせ自在に姿形を変えられる技のことだ。 ただ相手の目を誤魔化す幻影から実体そのものを変容させるものと数多在るが────シャドウハーフのそれは実体を変えるものだ。 実体をリデザインするには長い変態時間を有するが、その分、長期間の活動がし易くなる。 便利なもので、元に戻るには変態の半分にも満たない時間で可能だった。切迫した状況で在れば在る程、生存のためか短縮される。 怪人世界へ戻れないかもしれない、戻れるにしてもいつになるか先行き不透明な現状、シャドウハーフは実体のリデザインを選んだ。 (性別の無い怪人で、まさか女性体になるとはね) 性別は選ぶことは出来たが、敢えてシャドウハーフはそこまで細かく設定しなかった。なるだけ時間短縮を狙ったからだ。 成り行きに任せたほうが早く変われると踏んだのだけど────三日掛けて変わったシャドウハーフは女性体だった。 (前世の記憶を思い出した影響かな。もしくは、質量変換の問題か。 怪人時の質量、筋肉にもなったけど、大概胸やら尻やらに行ったからな……) どんな経緯にしても、シャドウハーフにとっては構わなかった。 (怪人時の体じゃないなら、女性体のほうが動かし易くは在るからな。隠れ蓑にも最適だし……復讐するにも丁度良い) (前世で、悔しい思いをした。私の及ばない他人の身勝手で命を奪われた) だから、今度こそ容易く殺されない体に生まれ変わったのに。 (最強怪人に転生したら、なぜか婚約破棄されて追放された、 意味がわからないっ……!) 今度は、訳のわからない他人事の色恋沙汰に巻き添え食らって、尊厳を踏み躙られた。 (外野の痴話喧嘩に巻き込まれたぐらいなら良い。そこに絡んで、弱者のレッテルを貼られるなんて……っ!) 追放されたなら、もう面倒で奇っ怪なヤツらに煩わされないんだから、新しい生活をしたら良い。こう言う意見も在るだろうけれど。 (虚仮にされて、黙って終わらせるものか……!) 残念ながら、元来シャドウハーフはきっちりやり返さねば気が済まない性質だった。 これこそ、前世から。 (さっぱり忘れてスローライフなんか、真っ平御免だ!) どうやらあのダーククリムゾン何ちゃら、地球のカルチャーに染まっていたらしい。 婚約破棄だの追放だのと言う単語から考察するに、一世を風靡して一ジャンルを確立した、異世界転生物とかだろうか。 「だったら、お望み通りの展開にしてやろうっ……!」 異世界転生、異世界転移に多いのは婚約破棄や追放だけではない。 ざまぁ、と言う、復讐展開物も多く実在する。 シャドウハーフの────影未の現況は、言わずもがな異世界転生物だろうし。 「首を洗って待っていろ……あんの、オタク怪人んんんっ!」 小声で盛大に吐き棄て、影未は路地裏を早足で抜けた。 影未の作戦は、とにかくヒーロー側の技術向上させ、手当り次第怪人を倒させて上位怪人と戦わせること。 出来るならお忍びで来るオタク怪人…… もとい、ダーククリムゾンハーツに随伴する次元移動能力者を、捕縛することだった。 だけれども、この企みは、思わぬ形で成功する。 ・・・・・・ 「なぁ」 「……何でしょうか」 主人に呼ばれたモーザ・ドゥーグは、半ば呆れていた。 (このところ、映像通信中継機を置いて地球をご覧になれるようにしたら、危ない外出は減ったものの……) (今度はそれに齧り付いて観る始末。私や周りが尻拭いに奔走していることを、この方はわかっておられないのだな……) 属する流派の中、何れ頭になるダーククリムゾンハーツに仕えるモーザ・ドゥーグは複雑な胸中を抱えていた。 (先日のシャドウハーフの件でもだ) (彼の者が属していた流派や彼の者と懇意にしていた、あるいはしたかった者から大量の苦情が来ていると言うのに気にも留めていない) (頭が痛い) 強い者が法と言え、多種多様な生物、他者がいれば最低限の社会が生まれる。 一見原始的に見える怪人の世界にも、秩序は在った。 だとしても、やはり帰結するのは、強者優遇と言う一点なのだが。 こうして他者が抗えない中で、暴君と化している主に頭痛を覚えるモーザ・ドゥーグ。 黒妖犬の名を持つこの怪人は、主人の傍若無人に頭を悩ますも、忠実な犬らしくおくびにも出さなかった。 「この、美しい女は誰だ?」 ダーククリムゾンハーツが指すモニターの向こうでは、昨今目覚ましい活躍をするヒーロー、 プラチナサンシャインが怪人を倒しているところだった。 同じ怪人が問答無用処されている場面だが、ダーククリムゾンハーツもモーザ・ドゥーグも特に含むところは無い。 なぜなら、地球の怪人は流刑にされた罪人なので、地球で処理されても何ら痛むことは無いからだ。 何なら、自業自得とさえ思う。 だので、ダーククリムゾンハーツもチャンネルを回したらたまたまやってた特撮作品を観る感覚で、観覧していたのだろうけども。 「……女?」 ダーククリムゾンハーツが指差すモニターには、変身を解いたプラチナサンシャインこと白鉄陽醒がいるだけでモーザ・ドゥーグには女など視認出来ないのだが……。 目を凝らし固まるモーザ・ドゥーグに焦れ、ダーククリムゾンハーツが喚く。 「いたんだ! 美しい赤毛の女が! プラチナサンシャインと話していた! 緑の目の、色っぽい女が……!」 ダーククリムゾンハーツの詳説に、モーザ・ドゥーグはああ、と得心する。 「それは、シャドウハーフですね」 「……は?」 「だから、シャドウハーフです。最近プラチナサンシャインや防衛組織を手助けしているようですよ」 彼の者は向上心が在り士気の高い相手には好意的ですから……とモーザ・ドゥーグが頷き語るも ダーククリムゾンハーツは凝固したみたいに動かなかった。 話は終わったなとばかりに背を向けた辺りで、モーザ・ドゥーグは後ろに引かれた。 「ぐぇっ ……何ですか、放してくださいよ」 尻尾を掴まれなかっただけマシだろうけども、それでも動きづらい。抗議すれば、見返った主のダーククリムゾンハーツは茫然自失の様相で。 「嘘だ……」 呟く。何を言っているんだと理解に苦しみつつ、モーザ・ドゥーグは返した。 「嘘じゃありません。アレはシャドウハーフです」 「嘘だ! あんなに可愛くなかったぞ!」 「……リデザインしたからでしょう。素の形容では目立ちますから」 「リデザイン……?」 「ダーククリムゾンハーツもあちらに行った際はしているでしょう? 目晦まし程度ですけど。 こちらでは不必要ですし、シャドウハーフは地球に行ったことが在りませんでしたから、まぁ私も初めて見ましたが」 何言ってんだと、もう隠さずモーザ・ドゥーグは嘆息して返答した。 「……」 主が何だか俯き加減でぶつくさ零しているけれど、コレで本当に終いだろうとモーザ・ドゥーグは身を翻して────今一度裾を握られた。 「何ですか!?」 モーザ・ドゥーグが苛立ちに任せて叫ぶと、ダーククリムゾンハーツが、ばっと面を上げた。 「シャドウハーフを迎えに行く!」 (……はぁ?) や、もう本当にどうなってんだコイツと言う気分でモーザ・ドゥーグは主人を見遣る。 モーザ・ドゥーグにちゃんと所懐を説く気も無いのか、ダーククリムゾンハーツは支離滅裂な言葉を吐き続ける。 「だいたい、地球に行ってからあんな可愛くなって、プラチナサンシャインと良い雰囲気なんておかしい! もともと私とフュージョンする予定だったのに! こんなの予測外だ! 地球なんて貧弱な星で、たかが軟弱怪人相手に良い気になっているヒーローなんかがシャドウハーフの相手なんて烏滸がましい! シャドウハーフは私のだ! 連れて帰る!」 「……」 また良からぬ“発作”が始まったかと眉間を揉んだモーザ・ドゥーグは。 「……それは…… 良うございますね」 全面的に主に同意した。 身勝手極まりない主人の凶行に振り回されるシャドウハーフには同情すれど、 シャドウハーフの追放に憤懣遣る方無い者や帰還を待ち侘びる者からの苦情が消えるなら易いものだ。 モーザ・ドゥーグは、同意を得られて上機嫌の主を前に薄く微笑んだ。 ・・・・・・ ────このあと。 トチ狂ったダーククリムゾンハーツに追い掛け回されたり デルフィニウムの策に嵌められそうになったり 新たな怪人が登場したり プラチナサンシャインこと白鉄陽醒と、シャドウハーフに何か在ったりするのだが。 それはまた別のお話なので、 シャドウハーフこと影未は、未だ知らず、己が目的に邁進していた。 「絶対、思い知らせてやるー!」    【 了 】
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