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「まず、頚の回りを、たしかめてみよう」
もし女がレイラなら、左耳の後部から首筋にかけ、手の形をした小さな青痣があるはずだ。なければ人違いということになる。
「まもなく日が沈む」
あたりは暗くなる。暗くなれば女の首筋は見えなくなる。回廊に迷いこめばなおさらだ。
「急ごう」
女の背中が徐々に大きくなった。我慢できなくなった。オレは、小走りでその背後にかけよった。
瞬間、目の前の、女の左耳の後ろの、小麦色の首の部分に、小さな手の形をした青色の痣が一つ、日没の最期の紅い残光をうけて、くっきりと浮かび上がって、見えた。オレは、息をのんだ。あの青痣が、いま、まさにオレの手の届くところにある。
「レイラは生きていたのだ!…」
あのときレイラは、オレの手の中でグッタリしていた。分けもわからずオレは、とにかく死なせたくない一心で、何度も揺すった。そのうち、ガンという衝撃が頭にあり、気を失った。いや、失ったらしい。実際、そのあたりの記憶が、はっきりしないのだ。思い出すことはたくさんあるが、みな、ごちゃごちゃと入り乱れていて、前後の脈絡がない。いったいあのとき、あそこで、オレとレイラに、なにがあったのか…。
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「なにも覚えていないのかい?」
「なにも覚えていない」
「おかしいじゃないか。事実、キミは、レイラという小女の名前を、ちゃんと覚えている」
「レイラの名前を忘れるわけはない。レイラは、オレのすべてだった」
「ではなおのこと、他のことも覚えていていいはずだ。レイラがどういう小女で、どこでどう知り合って、キミとの間になにがあったのか、くらいはね」
「記憶は山ほどある。だが、それに前後の見境がない。繰りすぎたトランプとでもいうか、二度と元通りには並んでくれない」
「キミはウソをついているね」
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