ことの始まり

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「ウソなものか」 「キミの急を知って、ぼくがここへかけつけてから、もうずいぶん時間がすぎた」 「半年? いや、一年かな?」 「もっとだ。その間ずっと、キミの記憶を呼びもどし、整理し、秩序立てようと、ずいぶん努力してきたつもりだ」 「オレも努力した」 「キミがいうように、ひどく断片的で、実にばらばらの状態だが、ある程度の脈絡で、たしかに記憶は残っている」 「たしかに」 「しかし、はたしてその通りだろうか。はじめはぼくも、そう思っていた。だが最近、どうもおかしいと、思うようになった」 「なにがだ」 「キミは記憶がないといいはる。だが、記憶喪失だなんて、とんでもない。キミには多分、思い出したくないことがたくさんあるのだ。事実、自分に都合のいいことはなんとか思い出そうと努力し、たいていの場合、ある程度、成功している。ときには、おどろくほど詳細な事実が、顔をのぞかせることもある。ところが、都合がわるくなると、とたんにキミの記憶は後退し、再生することをやめてしまう。呼び出されることをピシャリと拒否してしまう。つまりキミは、意図的に記憶の再生装置を操作しているのだ」 「ばかな」 「図星じゃないのかい」 「ばかばかしい。矮小な心理小説の題材探し、そんなマネは止めたがいい。長居は無用、さっさと帰ってくれないか」 「いつもこうだ。二人して根気よく積み上げた思い出の集積を、つまらない冗談と決めつけて、いとも簡単に、壊してしまう。ひとは、キミが狂ったといっているが」 「大きなお世話だ」 「ぼくには、キミが異常だとはおもえない。ただキミを救い出したい、とはおもうがね」 「ともだちとはありがたいものだ。挑発がだめなら、次は浪花節とくる」
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