赤い月

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 たしかにそうかもしれない。しかし、だからどうだというのだ。顰蹙を買った植生調査の代わりに、今度はまさか、踊り子レイラにのめり込んでいくわけじゃないだろうな…かつて団長に抱いたあらぬ不信感が、にわかに蘇ってきた。そして、どうにも拭いきれない先行きへの不安が、脳裏から離れることはなかった。  結局、その週末から、オレはまた、ホテル・エルマナールにかようようになった。要人監視とは大げさだが、とにかく団長には、二度と妙なヘマをやらかしてもらいたくなかったからだ。  ところが、木、金の二日間、どこを探しても団長はいなかった。フロントに直接、何度も確認したが、2208号室はいつも空だった。キーはというと、常時キーボックスに入ったまま、出し入れした形跡はない。この二日間、かれは一度も部屋から出ていないか、外出しても帰ってこなかった、ということになる。 「そんなバカな…」  不毛な人探しにまる一日費やした金曜日の夕刻、オレはあきらめて帰ることにした。 「バカバカしい…」  なにをやらかすか分からないという理由で、良識ある社会人を朝から晩まで探しまわる、その愚かしさに嫌気がさした。  よし団長に不都合が起こっても、住環境のせいではない。シディ・フレッジはアルジェ1のリゾート地区だ。しかもホテルは超近代的、たしかに断水はするが、それも貧弱な治水行政が招く不都合だ。オレの知るところではない。商談がうまくまとまるかまとまらないかは、団員の技量に掛かっている。オレのせいでもなければ、出る幕でもない。交渉団を率いる団長のメンタルに問題があるとしても、それこそオレとは関係のないことだ。明日の朝、団長がフロントに現れようが現れまいが、オレの知ったことではない。  それでも九時近くまで、一杯気分の団長に出くわすこともあるだろうと、わずかな期待を胸に、湾岸の遊興施設を一回りしたが、むだだった。気はすすまなかったが、念のため、その日の要人監視業務の締めくくりに、ホテルのフロントまで足を運んだ。そして、その最後の一押しが、ことの真相に迫る第一歩になろうとは、思いもつかないことだった。
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