赤い月

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 実際、ホテルのガラス扉を押しのけてなかに入ろうとしたとき、フロント数人と客室係りのヤシンが、激しく怒鳴り合っている声が聞こえてきた。見ると、フロントの一人が壁付けのカギ箱から取りだしたキーをヤシンの鼻先で振り振り、なにやら叫んでいる。ヤシンもそれに負けじと、やりかえしていた。どうも客室のドアキーの管理で双方に行き違いがあったらしい。気になる光景だ。何気ない風を装って近づいてみた。すると、フロントが振っているのが団長のいる2208号室のドアキーらしいことが分かった。オレは急に心配になった。  オレは即座に口論にわってはいった。 「なにかあったんですか? そのキー、2208号室のドアキーじゃないですか?」 「それが、なにか?」  フロントの一人がとぼけた顔でいった。不快な応対だった。オレはムッとした。 「なにかって、そのキー、まさにここ二日間、いくら探してもみつからない友人が借りている部屋のドアキーなんですよ」 「それが、なにか?」  相手は平然として、こちらの言うことを意に介さない態度だ。そばでヤシンも、肩をしゃくって知らぬ顔を決めこんでいる。なにか隠してると直感した。 「なにかって、おかしいとおもいませんか? そのドアキー、きのうから、ずっとボックスにおいたままですよ、いくら呼んでも部屋はからっぽだし、帰った形跡もなければ、シディ・フレッジ中探しても、どこにもいないし、いったい本人はどこに消えてしまったんですかね、どうなんです、2208の住人は、ずっと出かけっぱなしなんですか?」  「へ、そんなこと、知りませんよ、知る分けないじゃないですか」  かれらは、あきれた顔で異口同音に、いった。 「お客さんがどこでなにしようが、わたしたちに関係ありませんよ、あるとすれば、ボックスにキーがあればお客さんはでかけている、なければ部屋に滞在中、その確認をするのが、わたしたち宿泊施設業が提供するサービスです、ただそれだけのことです」 「なあ、ヤシン」
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