赤い月

26/35
前へ
/348ページ
次へ
 憮然としてオレは訊いた。 「キミもそうおもうのか? キーのありなしを確認する、それだけがサービスの中身だと?」 「ていうよりも、あまり出入りを気にしすぎると、お客さんの方で見張られてるって感じに、なりませんか、まずいですよ、それって」  なるほど、サービスも度を超すとプライバシーの侵害になる、というわけか。一見、もっともらしい理屈だが、それで客人の安全が担保されるとはおもえない。 「なあヤシン、気持ちは分かるけど、客人の安全を考えると、どうなんだろう、サービスとして充分なのかね」 「お客さん、いいですか、ここにキーがあるということは、ですね」  いきなりフロントの一人が口を挟んできた。 「お客さんは外出中、ということなんですよ、ということは、つまり、ホテルの責任の範疇外、ということになりますよね」 「しかし、カギ箱にキーがあるからって、必ずしも外出中、てことにはならないんじゃないですか?」  オレは、刺激しないように、語調をよわめていった。 「キーがそこにあるからって、庭とか廊下とか食堂とか、施設内のどこかで、うろうろしてることだって、ありうることでしょう?」 「でも、部屋にいないことは、たしかですよね」  ヤシンが反論した。 「なあ、ヤシン」  オレはヤシンに照準を合わせ、説得にかかった。 「たとえば、こんな状況って、考えられないかな、つまり、客が部屋にいるときに、だれかがドアをノックする、客は、来訪の心当たりがないので、だれかな、と首をかしげる、が、放っておくわけにもいかない、そこで仕方なくドアを開ける、とたんに未知の来訪者が室内に押し入り、客の自由を奪い、拘束し、金品を奪って逃走する、その際も、抜け目なくドアキーは、ちゃんとフロントに返しておく…」 「ハハハ、ノン、ノン、ノン、ノン!」  ヤシンが嘲笑していった。 「そんなこと、ありえない! ありえない!ムリ、ムリ、それこそお客さん、映画の見過ぎですよ!」
/348ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加