赤い月

28/35
前へ
/348ページ
次へ
 ヤシンが大口あけてわめきだした。痛いところを突かれたらしい。一方、フロントは、肩をしゃくって嘲笑したが、反発はしなかった。逆に、昂るヤシンを制し、手にキーを握らせ、一緒に行って確認してくるように言い含めた。  がらんとしたタイル張りの通路を、ヤシンがブツブツいいながら行く。オレは後を追いながらおもった。もし部屋に団長がいたら、無事でよかったという結果は出る。しかし、だれがドアキーをフロントに預けたか、という疑問はのこる。 「なあ、ヤシン」  オレは、先をいく客室係に訊いた。 「さっきは、なにをモメてたのかな、あのフロントの連中と?」 「モメる?」 「ああ、そのキーを、こうやって、ぶらぶらさせて、みなで言い合ってたじゃない、なにがあったのかな?」  ヤシンは振り向きもせず、だまったまま歩き続けた。 「なあ、ヤシン」  オレはこだわった。 「ちょっと気になってたんだけど、たしか、スタウエリに合鍵屋が一軒、あったよね」 「アイカギヤ?」  はじめて示すヤシンの反応だった。 「そう、スペアキーを造ってくれる店みたいなとこ」 「ああ、そういえば、金物屋が一軒ありますけど、それがなにか?」 「そうか、いやね、ホテル客が、ね、そこへ行って自分が借りてる部屋の合鍵を造ってもらう、なんてこと、すごく簡単にできてしまうんじゃないかと、おもったりしてね」 「ムリ、ムリ、ムリ、ムリです、そんなこと!」
/348ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加