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「それにしては、温かみがないというか、人気がないというか、がらんとして、冷たくて、まるで空き家のまえに立ってるみたいに感じるんだけどね、ヤシン」
「だって、お客さん、いないんだから、仕方ないでしょう」
「そうかな、なら、開けてみてよ」
「まだ信用しないんですか!」
ヤシンは怒って、いかにもわざとらしく、ドアをどんどんと叩いた。
「お客さん! お客さん! なにかありましたか、お客さん!」
二階の廊下中に響き渡る大声だ。しかし、室内は、しんとしたまま、なんの気配もない。なにかがおかしい。フロントやヤシンの挙動、言動と実情が、文脈上、合っていないのだ。かれらによれば、2208号室の客は絶対いないはずだ。それを、なぜこうまで、執拗にたしかめようとする?…。
「なあ、ヤシン」
オレは疑念をぶつけた。
「客はいないんだろう、それとも、ひょっとして、いないことにしてくれって、だれかさんから頼まれでもしたのか、ヤシン?」
「そんなバカな、ありえませんよ!」
「なら、なんで、そんなに何回も呼ぶんだ、さっさと、開けてくれないか、開けろよ、ヤシン!」
オレは声を荒立てて要求した。
「チッ…」
ヤシンは腹立たし気にドアノブを握り、キーを差し込むと勢いよくドアを開けた。その瞬間、ガタンという音が館内に響き、辺りが真っ暗になった。停電だった。
時を置かず、一つ、また一つと客室のドアが開き、様子見の宿泊客たちが出てきた。タイル張りの床の上を、そろそろと、用心深く歩いている。やがて廊下はひとで埋まり、館内は、客たちの苦情で一杯になった。
「みなさん、大丈夫ですよ!」
ヤシンが叫んだ。
「いつものブレーカーです、すぐに修理します、安心してください!」
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