赤い月

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 館内に響き渡る。 「いつもの?…」  そんなに頻繁に停電していたとは、オレも気づかなかった。断水は我慢できないが、たしかに停電はなんとかしのげる。その点、利用客もあきらめているのかもしれない。外観はモダンでも中身はポンコツ、簡易宿泊所の容量しかない電源とは、なんともお粗末なはなしだ。 オレはヤシンの背中を強くおした。 「はやく部屋の中、みてくれよ!」  照明のない2208号室は、やはり空だった。暗い空間に乱れたベットが一つ浮かんでいる。その上に白い斑点が散らばっているのが薄っすらと見えた。手に取ってみると、生暖かいジャスミンの香が匂った。路上で女たちから浴びせられた花弁を、そのまま大事に持ってかえったのだろうか。 「だれもいませんよ、もちろん、浴室も、シャワー室も、空っぽですよ」  ヤシンが、それ見た事か、といった口調でいった。 「なあ、ヤシン、掃除婦は何時にくるんだ?」 「仕事は9時からですよ、とにかく午前中には部屋はできてるはずです」 「とすると、だね、ベットが乱れてることからして、ここの住人は、今日の午後まで寝てたか、わざわざ寝に戻ったか、てことに、なるなあ、ヤシン」  ヤシンは肩をすくめ、かもしれない、と目をくりくりさせた。  結局、その日、団長を探しだせないまま、午後の十時ちかくにホテルを出た。外は明るかった。街灯と月明かりも意外と役にたつものだ。役に立たないのはうちの団長だけ、こんな調子で明日の朝、どの面下げて出てくるのか…オレは歯ぎしりしながら駐車場に向かった。  砂漠とアルジェを往復するのに現場から調達したランクルは、砂漠仕様の特装車で、吸気管に外出しのシュノーケルがついていた。その装置を指さして、三人の男が談笑している。よく見ると、掘削と地質担当の技師二人と、日本人学校の校長だった。近づくオレを見つけ、何度も手を振って合図をよこした。
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