帰郷

1/1
前へ
/1ページ
次へ
 3月の下旬、恵一は4年間の大学生活を終え、実家の最寄り駅にやって来た。今日からまた実家に住む事になる。そして、来月から教員として新たな生活を送る。大学での4年間は楽しかったけど、初めての1人暮らしは大変だった。でも、学ぶ事も多かった。だけど、これからまた実家で暮らす。これまで以上に頑張ろう。 「久しぶりに帰ってきたなー」  ホームに降り立ち、恵一は深く深呼吸をした。久しぶりに吸う故郷の空気だ。これから毎日、この空気を吸いながら仕事をする中学校に向かう。どんな日々が待っているんだろう。 「大学での4年間、色々あったけど、再びここで生活するんだな」  恵一は改札を出て、実家に向かった。実家までは徒歩約10分だ。そんなにかからない。たいてい歩いて向かっている。今回も歩いて向かおう。 「これからの教員生活、楽しもう」  恵一は家までの道を、昔を懐かしむように歩いた。高校まで、この道を毎日のように徒歩あるいは自転車で通った。これからはこの道を車で通る事になるだろう。車はすでに父が買っていて、家にある。来月からはこの車で通勤だ。楽しみだな。  恵一は家の前にやって来た。時々、実家に帰省しているので、さほど懐かしいと感じない。時々帰省する時と変わっていない。両親、祖母は元気だろうか? 「ただいまー」  恵一は家の玄関を開けた。ここもあまり変わっていない。今までと同じ部屋に住む事になる。ちょっと懐かしいな。  その声に反応して、母、恵子(けいこ)がやって来た。恵子は笑みを浮かべた。今日から再び恵一と暮らすんだと考えると、とても嬉しい。 「あら、おかえりなさい。1人暮らし、どうだった?」 「大変だったけど、ためになったよ」  恵一はため息をついた。ここまでの移動で疲れた。少し家で一休みしたいな。 「そう。これからまたここで暮らすんだね」 「ああ」  恵一は2階の部屋に入り、ベッドに横になった。ここで少し休んで、来月からの仕事に備えよう。  その頃、隣に住む三村(みむら)家は、何かに気付いていた。いつもは静かな橋本さん家が騒がしい。恵一が大学生になり、1人暮らしし始めた頃から静かだったのに。どうしたんだろう。 「どうしたの?」  1人娘の結子(ゆうこ)はそれが気になっていた。結子は高校時代、恵一と恋をしていた頃がある。だが、卒業とともに、その恋は終わったようだ。全く会わなくなったからだ。 「隣の橋本さん家が騒がしいなと思って」 「恵一くんが帰ってきたんだよ。里帰りして、教員になるんだってよ」  結子は驚いた。大学に通っていた恵一が帰ってきたとは。また実家に帰ってきたんだ。また会いたいな。だけどあの時、恋は終わってしまった。会っていいんだろうか? 「そうなんだ」  それを聞いて、結子は高校時代の初恋を思い出した。色々と楽しかったけど、もう終わってしまった。恵一と同じ大学に行きたかったのに、入試で落ちてしまった。結局、地元の私立大学に通い、来月からスーパーで働く事が決まっている。 「どうしたの?」  その様子を見ていた母が声をかけた。ひょっとして、また会いたいと思っているんだろうか? もしそうなら、会ってみたらどうだろう。 「いや、何でもないよ」  だが、結子は思った。せっかく帰ってきたんだから、会ってみようか。そして、卒業してからの4年間をお互い話し合いたいな。  恵一はベッドに仰向けになり、4年間の大学生活を思い出していた。いろんな友達ができた。だけど、もう終わった。これからは教員として1人立ちしなければならない。  ふと、恵一は玄関の外に出た。久しぶりに庭を見ようと思った。庭の向こうには、鉄道の築堤があり、電車が高速で通過していく。恐らく最寄りの駅を通過した優等列車だろう。 「恵一くん?」  突然、恵一は誰かの声に気付いた。恵一は右を向くと、そこには結子がいる。あの時、恋は終わったのに。また来るとは。 「結子ちゃん! 久しぶりじゃん!」  恵一は笑みを浮かべた。終わったとはいえ、再会できたのを素直に喜びたい。 「帰ってきたんだね」 「うん。4年間の大学生活を終えて、帰ってきたんだよ」  恵一は大学でも4年間を思い出しながら、笑みを浮かべた。それを見て、結子は幸せそうな表情を見せた。幸せな4年間を送ってくれただけでも嬉しいと感じる。 「どうだった? 「1人暮らしは大変だったけど、大学生活は楽しかったよ。でもこれからは気を引き締めていかないと。これから社会人だもん」  初めての1人暮らしを、恵一は楽しみにしていた。だが、いざやってみると、家事が今まで母任せにしていたためか、戸惑いだらけで、失敗も多かった。だが、次第に1人暮らしに慣れてきて、徐々に1人でしっかりと生活できるようになった。 「そっか」 「結子ちゃんだどうだったの?」  恵一は裕子がどうしてたのか、気になった。あれから全く会った事がない。何をしていたのか、聞いた事がない。ぜひ、知りたいな。 「地元の大学に通って、来月から近くのスーパーマーケットで働くの」 「ふーん。僕は来月から中学校の教員だよ」  スーパーマーケットで働くのか。恵子が来た時にはどんな反応をするんだろう。楽しみだな。 「そうなんだ。ねぇ、今夜、一緒に飲まない? また会えたんだし」  突然、結子は提案した。突然の事だけど、ぜひ一緒に飲んで、語り合いたいな。 「そうだね」  突発的だが、今夜は最寄り駅の近くの居酒屋で飲む事にしよう。そして、卒業してからの4年間を語り合いたいな。  その夜、恵一と結子は居酒屋にいた。2人で居酒屋に行くどころか、2人で飲む事も初めてだ。果たしてどうなるだろう。わからないけど、堅苦しい事を考えずに、共に語り合おう。 「そっか。大学でいろんな事を学んだんだ」  居酒屋には、仕事帰りの人も多少いた。恵一は彼らを見て、僕も来月からはそうなるんだろうかと思った。 「それに、1人で暮らしていくための知恵を知る事ができたし、生活面でもためになったよ」 「ふーん。私は全く考えた事がなかったな」  1人暮らしなんて、結子は考えた事がなかった。独り立ちのために経験しておけばよかったな。だけど、これからも実家で生活する事になりそうだ。 「だけど、いつかは考えなければならないんだよ」  恵一は1杯目の生中を飲み干した。恵一は飲む日と飲まない日がはっきりとしていて、飲む時はとことん飲んで、飲まない時はとことん飲まないという。週に1回は居酒屋に行き、3,4杯ぐらいは飲むという。 「すいません、生中おかわり!」 「かしこまりました」  恵一が空になった中ジョッキを掲げると、店員が反応する。結子はその様子を笑みを浮かべながら、見ている。 「とりあえず、また帰ってこれて、嬉しいよ」  恵一はまたここで生活できる事が嬉しいと思っている。恵一はビールを飲んで少し顔が赤くなっている。 「高校生活も楽しかったな。君と出会って、恋をして」 「そうだね」  恵一は結子との初恋を思い出していた。もう終わったのに、それを考えると、なぜか笑みがこぼれてしまう。どうしてだろう。 「卒業式の時、泣いてたよね」 「うん」  結子は卒業式を思い出した。あの時は2人とも泣いた。この日で恋は終わったと思っていたからだ。これからの2人がそれぞれの道を歩んでいく。その中で、新しい恋人に会うだろう。そして、この初恋を忘れていくだろう。 「だけど、言ったじゃん。また会えたらいいねって」  恵一は2杯目の生中を口にした。結子は幸せそうにその様子を見ている。まるで本当の妻のようだ。 「言ってたっけ?」 「うん。こうしてまた会えて、よかったね」  また会えると思っていなかったけど、今日は再会できた喜びを共に分かち合おう。そして、来月からの新生活の力にしよう。 「ああ」 「また会えてよかったと思ってる?」  突然、結子は聞いた。あれから、全く恋をしなかった。恵一の事が忘れられなかったからだ。また会って、再び話をしたいな。そして、結婚できたらいいな。 「うん。4年間、結子ちゃんにまた会いたいと思ってたよ」  恵一も会いたいと思っていたようだ。結子は驚いた。まさか、恵一もそう思っていたとは。 「そっか。あの時、恋は終わったと思ってた?」 「ううん。4年間経ったら、また会いたいなと思ってた」  実家を離れ、1人暮らしを始めた頃、恵一は考えた。再びここに帰ってきて、また結子と付き合いたいな。 「そっか。まだ恋は終わってないと思ってたの?」 「ううん」  結子はほっとした。あの時、終わったと思っていたけど、終わってないと思っていたようだ。 「ふーん。帰ってきたら、またやり直さないと思ってなかった?」 「うん。思ってた」  と、結子は恵一の肩を叩いた。恵一は驚いた。どうしたんだろう。 「またやり直そうよ!」 「いいけど」  恵一は戸惑っているが、迷いはなかった。もし、もう一度恋ができるのだから。 「どうしたの?」 「ずっと俺、思ってたんだ。もし、ここに戻ってきたら、結子に言おうかなっと」  恵一は何かを言おうとしている。何だろう。結子は嬉しそうな様子で恵一を見ている。 「何?」 「ずっと一緒に暮らそ?」  恵一は結子にプロポーズをした。突然だけど、受け入れてくれるだろうか? とても不安だ。 「い、いいよ! だって私、4年間恵一くんの事を待ってたの。そして、やっと恵一くんと会えたんだもん」  結子はそれを認めた。あれから恋をせず、考えてきたのは恵一の事だけ。4年間の大学生活を終えたら、故郷で再会し、いつまでも一緒に暮らそう。 「そっか。ありがとう」  恵一は横から結子を抱きしめた。これから一緒にいようと言われて、認めてくれてありがとう。これから新しい生活が始まる。そして、2人の新しい生活も始まる。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加