銀杏

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「もう70年くらい来ているよ」 と言った。 「70年ですか」 と僕がびっくりすると、 「うん」 と老人は短く答え、 「私が手にかけてしまった多くの人を弔うためにね」 と青空に顔を上げて言い、 「ちょうど君位の歳に私は戦争に行ったんだ」 と僕の方を見て、老人は言った。 「そうなんですか」 と僕は、老人の寂しそうな目を見ながら言うと、 「今まで使ったこともない銃を急に渡されてね。あの重みはまだ残っているよ」 と老人は、自分の手を見つめながら言い、 「初めて人を撃った時のことはまだ鮮明に頭の中に残っている」 と言って、老人は目を閉じた。 僕が、風に揺れて銀杏の葉が作る影と明るさで見える老人の口元を見ながら、次の言葉を待っていると、 「恐怖に怯える目  私の激しい息づかい  私が震える手で引き鉄を引いた  カチャ  という音  棒のように倒れていく人  辺りに漂う血の臭い」 と老人は、目を閉じたまま言い、少し間をあけてから、 「70年経っても思い出すよ」 と言った。 僕が、何も言うことが出来ずにいると、 「自分が、先に撃たなければ自分が撃たれて死んでしまう。だから撃つ。恐ろしい考え方だよね」 と目を開けて、老人は言った。 「辛い体験をされたのですね」 と僕が言うと、老人はうなづき、
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