銀杏

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と老人は言って、お茶を一口飲み、 「ここに戻ってきた時、辺り一面何も残って無かったけど本殿と銀杏の木は残っていたんだ」 と言い、少し間をあけてから、 「その時、私は生きている限りずっとお参りしようと決めたんだ」 と僕の方を見て言った。 「もう思いは十分通じていると思います」 と僕が言うと、 「そうかな」 と老人は言って、お茶を飲み干すと、 「君に話したおかげで少し気持ちが楽になった 」 と言ったので、 「それはよかったです」 と僕が言うと、 「どうもありがとう」 と言って、老人は缶を持ったまま杖で立ち上がったので、 「こちらこそありがとうございました」 と僕は言って、缶を老人から受け取る。 老人は微笑み、杖の 「こつ こつ」 という音を立てながら、暑い日差しの中を鳥居の方に歩いていった。 僕は、老人に向かって杖の音が遠のくまで深々と頭を下げていた。 頭を上げると老人が鳥居をくぐって曲がっていくのが見えたので、コーヒーを飲み干し、本殿にお参りした。 「世界から戦争が無くなりますように」 それと、 「あの方の苦しみが和らぐように」 と心の中で言い、深く頭を下げた。 振り返ると銀杏の葉が、風に吹かれて 「さわ さわ」 と音をたてて揺れていた。
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