Act10.「タルジーの森」

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 比較的開けた場所を探して、騎士達が休憩所を整えてくれる。あっという間に組み立てられたのは、屋根と壁だけで床の無いシェルター型のテントだ。テントの前に突き出す、雪を防ぐタープの下には焚火。雪を少し堀り、中に燃えにくい木を重ね、それを台にして薪を燃やしている。騎士達は雪に慣れている訳でもないだろうに、一連の動きはとても鮮やかだった。  夢子は騎士の一人に、折り畳み式の椅子に誘導される。ひざ掛けを渡され、温かい飲み物まで用意されると、至れり尽くせりすぎて申し訳なくなった。 「あ、有難うございます。何かお手伝い出来ることはありますか? 騎士さん達も休憩されてくださいね」  その騎士は、馬車旅で夢子の馬車に伴走し、休憩中にも何かと気遣ってくれた人だった。くすんだ金髪の騎士――ルイは、夢子の言葉に青い目を丸くする。 「いえ、とんでもないです」  素っ気なく断る彼は、こちらの申し出に良い印象を抱いている訳ではないのだろう、と夢子は感じた。別に好かれるために言ったのではないが、良い気はしない。ただ仕事に手出しされるのが嫌なのか……もしかして、彼も異世界人嫌いだったりするのだろうか?  じっと窺う夢子の目から逃げるように、ルイは仲間の元へ戻っていった。彼が向かった先では騎士達に囲まれたジャックが、小型の通信機器で先遣隊と連絡を取っている。夢子は聞き耳を立てた。どうやら、一旦ここで合流することにしたらしい。 (これから……どうなるんだろう。ヘイヤさんは無事なのかな?)  夢子は手袋を外し、両手でマグカップを包む。温かい。ふーっと息を吹きかけると湯気で顔が蒸された。カップの中身は味わったことのない飲み物だ。ジンジャー、シナモン、ミルク……あとは蜂蜜だろうか? スパイシーだが甘味が強く、どろっとしている。じーんと痺れるように広がる熱に、凍えて固結びになっていた体の芯が解けていく。 「生き返る~」と生を謳歌していると『それじゃ、死んでたみたいじゃない』と言われた。  ……全くもう、すぐそうやって揚げ足取って。  彼女はいつも涼しい顔をしているくせに、寒いのは寒いのか、鼻も耳も赤くしていた。ちゃんと暖かくしないと、と緩んでいたマフラーを巻き直してあげると、一瞬驚いたようにビクッとするも、くすぐったそうに微笑む。 『雪って良いわよね。静かだし、真っ白だし』 ――わたしは、赤とか緑でも良いと思うな。 『夢子、私はかき氷の話をしてるんじゃないわよ? まったくもう。……イチゴ? メロン?』 ――ブルーハワイで! ……ところで、ブルーハワイって何味なんだろう。 『何味って、ハワイの味でしょう?』 「ふふっ。そういうところ、天然だよね。ゆか、」 「誰と話してるの?」  夢子はハッとした。止まっていた息が吹き返ったように、心臓が鼓動を思い出す。血液が巡る。目の前では黄櫨が不思議そうに首を傾げていた。夢子は状況に理解が追い付かず呆然とする。(誰と話してるのって……何? わたしが? 誰かと話してた?) 「誰とも話してないよ。独り言」  夢子は何となく追及されたくなく、誤魔化すように笑った。黄櫨は夢子の目を探る様に覗き込んだが、そこには自分以外の誰も映っていない。「……そう」と諦めた。  二人の後ろでは常盤が、憂わし気に夢子を見ていた。まるで悲劇を目の当たりにしたかのように、その顔は暗く沈み悲壮感を漂わせている。  夢子の、他の誰にも見せないあの表情。幸せそうに微笑みかけ、大切そうに名前を呼ぼうとした誰か。――それは夢子を捕え、夢子に捕らわれている一人の少女に他ならない。  夢子が彼女の真実に気が付かないように。  彼女が夢子にとってただの優しい幻であり続けるように、常盤は願った。
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