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と、いうのがわたしの白昼夢。
わたしは今、夢と現の境に居た。夢は終わっているが現実には戻りきれていない、曖昧な空間だ。
とても不思議な夢を見ていた気がする。その余韻の中に居るというのに、もう内容は思い出せない。
ただ一つだけ。誰かの表情だけが、まだ目の奥に残っていた。顔のない表情だけがプカリと浮き出て、わたしの中に残像を残している。薄っすらとしていてよく見えないが、それはきっと笑っているのだろう。硝子で出来たみたいな儚い表情に、わたしの中のどこかが痛んだ。どうしようもなく、ただ切なさに心がよじれた。
何故そんなに悲しい顔で笑うのだろう。
君に悲しい思いをさせているのは、わたしなのだろうか。
やがて、瞼の外から差し込む光が、君の表情を透かし消していった。
――夢子はうつ伏せていた顔をゆっくり持ち上げる。睡魔に体を明け渡してから、分針は半周近くも回っていた。
視界にはぺらぺらよく動く大人の口と、それを眺める子供(というには成長しすぎている大人未満)の群れ。黒板はすっかり白い粉に埋め尽くされていたが、夢子はノートに板書を再開するでもなく、ぼうっと意識を漂わせた。
(なんか、すごい夢を見た気がする。もう一回寝たら、続きが見られるかな)
夢からの目覚めはいつも、心のどこかがときめいていて、フワフワしている。自分が自分でないような、本当の自分に戻ったような、そんな感じだ。
ヴーッと控えめな振動がスカートのポケット越しに伝わってきて、夢子は机の下でそっと携帯電話の画面を確認する。きっと、確実に、ああほらやっぱり。彼女からのメッセージだ。夢子の携帯が受信するメッセージは、この彼女が七割。メールマガジン二割、他一割である。
『おはよう。お目覚めはいかが?』
彼女――桃澤 紫は、夢子の幼い頃からの唯一無二の親友だ。親友などという陳腐な言葉で言い表すのもどうかと思うくらいだったが、それ以上に自分達に適した言葉を夢子は知らない。(なので、世の中の陳腐な“親友”が滅びればいいのだ)
夢子が画面から顔を上げると、いくつか離れた斜め前の席で、頬杖をついてこちらを見ている紫と目が合った。冷ややかに見られがちな涼しい顔が、夢子に向かって透明な微笑を浮かべている。夢子もそれに応えて口の端を持ち上げてみたが、彼女のように綺麗に微笑むことなど出来ない。きっと自分は腑抜けたニヤニヤ顔をしているに違いない、と思った。
メッセージに返信しようかとも思ったが、気の利いた言葉が思いつかない。目を合わせただけで充分だろう、と夢子は携帯をポケットにしまう。そしてまたぼうっと、宙を揺蕩った。
今は何もかもが気怠かった。頭が働かず、身体に力が入らない。目覚める前に、魂の幾らかを夢と現の狭間に忘れてきてしまったのではないかと思うくらいだ。
だから、得体の知れない何かがどこかで静かに蠢き始めたような、そんな気がしたのだけれど、それも気の所為だろう。だって、人生は大概得体が知れている。
カーテンの向こう。四角い青空が、目に染みた。
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