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クラスメイトら曰く、七日町 夢子は桃澤 紫という少女に関して、例外的な存在であるらしい。夢子にとって紫は、優しくて面白い最高の親友だった。だから、そんな紫の魅力が多くの人に知られないままであるのは、やはり悲しい。
――などと嘆いている程、夢子はできた人間ではなかった。
夢子は、紫という人間が本当は情に深く、一度ツボに入ると笑い上戸で、辛いものが苦手で、小動物が好きで、新しいゲームが発売されると暫く目の下に隈を作りがちだということを知っている。そして、そんな彼女を知っているのは自分だけでいいと思っている。
夢子は紫が、いつまでも自分だけの親友で居てくれるように祈っていた。彼女が自分だけのものであればいいと願っていた。紫の、他の誰にも見せない特別な顔が、夢子に強い執着心を抱かせる。
「うーん。いつものところで、今月限定のフラッペが飲みたいな。クーポンがあるし」
「あら、節約上手ね。偉い偉い」
自慢げに携帯画面にクーポンを映して見せる夢子の頭を、身長のそう変わらない紫がよしよし、と撫でる。これまで何度も繰り返しているというのに、その手つきはいつも丁寧だった。
帰り道にあるいつものカフェで、夢子は期間限定のチーズケーキホイップフラッペを、紫はアイスカフェオレを購入し、歩きながら飲むことにした。いつも決まってカフェオレを頼む紫に、夢子は呆れと感心を半々に浮かべる。
「本当に好きだよね。飽きないの?」
「飽きないわよ。冬はホットになるし。夢子は期間限定モノに弱いわよね」
「だって、チーズケーキだよ、チーズケーキ! 絶対美味しいじゃん」
「飲み物なのに、ケーキね……」
「紫だってチーズケーキ、好きなくせに」
「ケーキはケーキでいいのよ、私は」
紫がストローでカフェオレを吸い上げるのを見て、夢子も自分のドリンクに取りかかった。
チーズケーキホイップフラッペは、チーズケーキ味のフローズンドリンクに、マスカルポーネクリームがたっぷり乗っかった、デザート級のドリンクだ。ミルキーな甘さを、若干の塩気が絶妙に引き立てている。ドロドロシャリシャリのフローズンの中には、細かく砕かれたクッキーやスポンジが入っていて、食感が楽しい。底にははちみつレモンソースが敷かれていた。
一口飲んでみる? と紫の感想も聞いてみたいところだが……それは紫が好まない。
同じ皿から食べるのはOKだが、ストローやスプーンなどの共有はNG。一緒に寝る、風呂に入るのはNG。紫は同年代の女子と比べると、人に対して潔癖なところがあった。
夢子はそれを少し寂しく感じる時もあるが、慣れているし、今ではそれくらいがちょうどいいと共感もしている。
食べ物や服装の好み。趣味や生活スタイル。二人の共通点は決して多くはない。にも関わらず、長年一番距離の近い友人として付き合っているのは、根本的な気が合うからなのだろう。自分達は互いをよく知り、分かっているのだと、夢子は自負している。
だから、些細な変化でも気付かれてしまうのだ。
「さっきから、ずっと変よ」
「え? 何が?」
夢子はとぼけたふりをするが、紫の指摘に自覚はあった。
実は、夢から覚めてからというものずっと、夢子はどうにも世界が遠くに感じてしまっている。意識はあるが、まだ100%ここに無いような、若干心あらずの状態なのだ。
「夢子が、よ。なんだかずっと上の空で、ボーっとしちゃって。アンニュイにも程があるわ」
「そんなことニュイよ」
紫は“さっきから”というが、別に今に始まったことではない。最近ずっと、何かとボーッとしがちなのである。変な病気だったら困るな、とも思うが、多分そんなに大ごとでもないと夢子は楽観視していた。ただよく夢を見るだけ。ずっと眠いような、それだけ。
夢子はフラッペをストローでかき混ぜる。ドロドロ、ドロドロ。なめらかに溶けていくそれは、どこか見覚えのある情景の気がした。……スッと、前に影が差す。隣を歩いていた紫が立ち塞がったのだ。
「さては、また変なことでも考えてるんでしょう」
心の奥まで見透かすように、細められていく紫の瞳。夢子はドキリとした。
夢子以外の者に向ける無機質な冷淡さとは違う、一種の熱を感じる冷たさ。焼けつくような凍えるようなそれは、怒りなのか悲しみなのか。執着なのか依存なのか偏愛なのか。紫が時々見せるこの瞳が、夢子は苦手だった。
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