桜の花が咲く頃に

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 わたしはお茶会のこと、おばあちゃんから着物をもらったこと、お茶会にその着物を着ていかなかったことを一気に話した。 「せっかくおばあちゃんが、送ってくれたのに……だから……だから罰が当たっておばあちゃんが……」  次から次と涙がこぼれた。 「そうか。そりゃぁユイも辛かったなあ。でもなぁ、ユイ。それとばあちゃんが逝っちまったのは関係ないぞ」  わかってる。わかってるけど……。 「そうか。あの着物かぁ」  おじいちゃんは懐かしむような顔で言った。 「ユイ。あの着物なぁ、じいちゃんが初めてばあちゃんにあげたものなんだ」 「え?」  その当時、おじいちゃんにはすでに召集令状が届いてたのだそうだ。  戦地に(おもむ)く直前におじいちゃんはおばあちゃんと結婚することになった。お互いどんな人なのかもわからないうちに話が進んだそうだ。本人たちの意志は関係ない。家系を途絶えさせないようにってためだけの結婚。手続きだけして出兵。当時ではよくあることだったらしい。 「終戦間際でなぁ。日本が負けるのは目に見えてたが、それでも行かなきゃならんかった」  行けば帰って来られる可能性はほとんどない。  おじいちゃんはおばあちゃんに、自分のことを覚えていてほしかった。  そして、着物を買ったのだそうだ。  薄桃色のあの着物を。  幸いおじいちゃんは無事に帰って来れたのだけど。  話がそれちゃったなぁ、とおじいちゃんは頭をかいた。 「ユイが悲しい顔をするとばあちゃんも悲しむぞ」 「そんな大事な着物だったのに、あたし……」 「なぁに気にすることはない。着物を見てばあちゃんを思い出してくれりゃあいいんだ。それだけでばあちゃんよろこぶから」  止まっていた涙がまたこぼれた。  おじいちゃんとこんなに話したのは初めてだ。  気がつけば日が沈み、東の空から青い夜が静かに広がってきた。 「暗くなってきたな。帰ろうか」  わたしはコクリとうなずき、頬を伝っていた涙を拭いた。
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