届かぬ思い

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「今から帰るよ」 「うん。早く帰ってきて」  私の声に何かを感じ取ったのか、主人は、 「どうかしたの?」  と聞いてきた。  私は今日のことを話した。 「そうか。幸代、頑張ったんだね」 「頑張った? 私母に酷いことを言ったのに怒らないの?」 「怒る? なんで? 幸代はもう子供じゃないし、怒る理由もないよ。それよりあのお義母さんにそんなこと言うのは勇気がいただろう? お義母さんは幸代が子供を作らない本当の理由を知らなかっただろうからね」  私には母の血が流れている。  母のような母親になったらと思うと怖い。子供を悲しませることになるのは死んでも嫌だ。  子供を産まない本当の理由は主人と私だけの秘密だった。主人は始め、「そんなことにはならないよ」と言って私を説得しようとした。けれど私がどれだけ固く決意しているかを悟り、「分かった。子供がいない夫婦もあっていい」と受け入れてくれた。主人は、「息子がいたら」とぽろりとこぼすことはあっても、私を責めることはない。彼は本当は子供が欲しいのだ。それでも私の気持ちを尊重することを選んでくれた。私は彼の気持ちを思うと申し訳なくなる。罪悪感はずっと消えない。けれど、それでも子供を作ろうとは思えない。 「母はかなり怒ってた。もう家に来ないといいのだけれど……」 「まあ、あのお義母さんだから分からないな。幸代、無理して家にいなくてもいいんだよ? 会社に来てても」  主人の言葉に私は驚いた。そんな選択もあるのか。 「でも、仕事がなくてぼんやりしてるのも修治さんに悪いし」 「そんなことないさ。手伝えることを手伝ってくれると尚嬉しいね」 「そうね。考えてみる」  「ところで今日の晩御飯は何?」 「ピーマンと豚肉を炒めたものと、にんじん、大根、豆腐、ぶなしめじのお味噌汁」 「栄養たっぷりで美味しそうだ」 「あなたは、本当に優しい人ね」  
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