静けさを抜けたその先に。

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 ***  2022年、12月24日は土曜日だった。  クリスマスデートがしたい、と言うと彼は快く応じてくれた。いつものランチからのカラオケデート、その後私が“行きたいところがある”と言っても全く逆らうことはなかった。  公園の、入口までは。 「あ、あのさ……小柴」  彼は明らかに戸惑った様子で、私にストップをかけてきた。 「ここ、第九公園だよな?暗いし、危ないし、なんでこっち行きたいの?」 「見せたいものがあるの、不知火君に」 「で、でも……」 「暗いのも静かなのも、苦手?」 「…………うん」  楓音は、眉を下げて頷いた。私は思い切って尋ねることにする。どこまで踏み込んでいいのかわからない、彼の傷を土足で踏み荒らしてしまいたくはない、そう思いながらも。  それでも知りたかったから。彼の笑顔だけじゃない、苦しいところも全部。 「ひょっとして、子供の頃、何か嫌なことでもあった?」  私が尋ねると、彼は黙ったまま沈黙した。両親が死んだわけでもないのに“いない”。色々と可能性は考えられる。例えば――両親が“子供を育てるに値しない”人間だと見なされて取り上げられた、とか。  法律について詳しい知識などないからわからないが、それこそ親が虐待していたり、著しく経済的な能力が無かったりする場合に親権を失うケースもあったはずだ。 「子供の頃、静かで暗いところに……閉じ込められたりとか、してた?」 「!」  私の言葉に、楓音はぎょっとしたように顔を上げる。当たりだ、と直感した。 「大丈夫だよ」  楓音の手を握って告げる私。 「此処は、どっかの箱の中じゃない。出口なんていくらでもある。何より、私が一緒にいるから」 「こ、小柴……」 「怖くなんか、ないよ。私が……私にできる精一杯で、不知火君を守るから。今は、信じてくれないかな」 「…………」  彼の震えが、収まったような気がした。腕をひっぱってももう抵抗してこない。私は彼の手を引いて、公園の階段を上っていった。その先にあるのは、小さな広場だ。ちらりと腕時計を見る。午後八時。ギリギリ間に合った。 「見てて」  街灯が小さく灯るばかりの暗い広場。しかし、周囲には複数の若い男女が待機している。それもカップルが非常に多い。何かが始まるところなのだと、楓音も察したのだろう。  静けさの中で、握る手に力がこもったのを感じた。大丈夫。そう伝えるために、私も握り返す。
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