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トロンボーンとトランペットは一緒に練習することも少なくない。それでも異性ということで喋ることは少なかった。というか、私が今まで男の子と付き合ったこともないし、ろくに喋ったこともなかったというのが正しい。眼鏡で地味、いかにも堅物で真面目ちゃんという外見(と、自分では思っている。中身は言うほど真面目でもなければ頭が良いわけでもないのだが)なだけあって、人生でモテた記憶も一切なかったのだ。勿論、いかにも堅物な見た目でも美人だったら話は別だろうが、生憎私はそういうこともないわけで。
思わずキョトンとしながらそう返した私に、楓音はからからと笑いながら言ったのだった。
『俺、技術のあるなしより、音楽が好きだなーって分かる奴の音楽が好きなんだよ!うまく言えないけど、そういうのわかる?だから、小柴のトロンボーンの音、俺は好きだなって。好きだから一生懸命練習して、上手になろうって足掻いてるんだろ。なんか、カッケーじゃん、そういうの!』
その笑顔が、想像以上に可愛かったこと。技量ではなく、私の音楽が“好き”という気持ちそのものを評価してくれたこと。私をきゅんとさせるには、それで充分だったのである。
多分、先に好きになったのは私の方だった。
というか、今でも本当に彼が私のことを“彼女として”好きでいてくれるのかどうかはわからない。それからなんとなく話す機会も増えて、ある日なんとなく“カラオケでも行く?”と誘ったらOKしてもらえたというだけなのだから。
好きだと告白したわけでもないのに、いきない二人きりのカラオケなんて。相当ハードルが高いお誘いをしたのは自分でもわかっているし、よくぞあれだけの勇気を振り絞れたものだと思う。音楽が大好きな彼は、ジャズやクラシックのみならず普通のポップスとかも大好きだと聴いていた。音楽絡みなら、誘いに乗ってくれるかなと思ったのである。
『お、マジで?行こう行こう!』
楓音はこの時も、こう付け加えたのだった。
『ただし、俺静かなの苦手だかんな!小柴が曲入れないと、エンドレスで歌いまくっちゃうからな、覚悟しとけよ!』
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