静けさを抜けたその先に。

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 ***  どうして楓音は、静かなのが好きではないのだろう。  最初にカラオケに誘った時より、私達の距離は縮まっているはずである。それから何度もご飯を食べに行ったりしたし、今年の夏はお祭りデートもした。向こうもそれなりに思ってくれなければ、夏祭りで浴衣デート、なんていかにもなイベントに乗ってはくれなかったことだろう。  付き合い始めて(と私は認識している)約一年と半年。これだけの時間があれば、少しずつわかってくることもある。楓音は、静かな場所だけではなく、暗い場所も苦手らしいということ。というのも、彼は私とのデートはしたがるのに、特定の場所を出すと途端に渋い顔になるからだ。 『わ、悪い……水族館は、ちょっと』 『お魚、好きじゃない?』 『い、いや魚は好きだぜ?テレビで見てても綺麗だなーって思うし。ただ、そうじゃなくて、なんというか……水族館って、静かだろ?それに、暗いし……』 『どうして、静かで暗いところは好きじゃないの?』 『あーいや、その……』  それ以上は、尋ねられなかった。引き攣った顔で笑ってはいたものの、明らかに楓音の顔色が悪くなったからだ。  何かある、と私が悟るのは充分だった。そもそも彼は両親がおらず、祖父母の元で育てられたという経緯がある。親が離婚したというだけならば、片方の親に引き取られていてもおかしくはないはずだというのに。しかも、二人とも亡くなったわけではないという。“何かある”のは明白だった。  いつも明るくて元気な楓音だが、時々様子がおかしい時がある。  恐らく先生は事情を知っているのだろう。テストの時など、彼には特別にヘッドホンの着用を許可しているからだ。楓音の友人によれば、あれからは絶えず先生が選んだクラシック音楽が流れ続けているらしい。 ――知りたい、と思うのは傲慢かな。でも……。  もうすぐ、クリスマス。  私はどうしても彼と行きたいところがある。果たして彼は、それに付き合ってくれるだろうか。
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