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静けさの中、額にうっすらと汗が浮くような感覚がした。秋口で、涼しくなってきた季節。酷く暑くも寒くもないはずなのに、妙に肌がぞわぞわと泡立つのはどうしてだろう。
暗闇の向こうで、何かが無言で口を開けているような気がする。
音も立てずに天井が落ちてきて、押し潰されそうな気がする。
真後ろに、刃物を振り上げた恐ろしい怪物が立っていて、私達を殺す瞬間を今か今かと待っているような気がする――。恐ろしい妄想を、私は強引に振り払おうとした。首をぶんぶんと振ることさえできないのがもどかしい。
――そろそろ、一分になる、はず……!
最後の方は、少しばかりカウントが早くなってしまっていたかもしれない。静けさの中で、言い知れぬ不安に耐えながらあと十秒ほど数えようかと考える。そうしたら、流石に一分過ぎたことになるだろう。立ちあがって電気をつけに行っても叱られることはないはず――そう思った時だった。
突然、視界が真っ白になった。
否、いきなり電気がついたのだ。目があまりの眩しさにちかちかする。びっくりして椅子から落ちそうになりながらも振り返った私が見た者は、教室の入り口で呆れたように立っている先生の姿だった。
「真っ暗で何やってるんだ、お前ら。さっさと帰れよ、危ないから」
若い男性である彼は、呆れたようにそれだけ言うと去っていった。一気に脱力して、私は椅子に沈み込む。
「あああああもう!後ちょっとだったのにいいいい……!」
「まあ、そろそろ先生が来るんちゃうかなあって、嫌な予感はしてたんやけどな」
るちるちゃんは苦笑いしながら、机の上を片づけ始めた。残念だが、今日はお開きにするしかないだろう。私も蝋燭を抜いて銀紙で包み始める。
「残念だったですね、結局これで六回目の失敗です」
魔方陣を畳みながら言ったのは黒須さんだ。長いさらさらとした黒髪が、蛍光灯の光を反射して光っている。相変わらずの美人さんだ。
「いつになれば呼び出せるんでしょうね、“ふどうさま”は」
「マジでそれなあ」
黒須さんの言葉に、同意する雪葉ちゃん。
「やっぱ、俺らじゃ無理なのかもな。選ばれた人間なんかにゃなれねーってか。世知辛いぜ」
「雪葉ちゃん、世知辛いって意味分かって言ってます?」
「お、おう、わかってるぜ、決まってらあ!」
「本当にー?」
「本当に本当だっつーの!」
きゃいきゃい騒ぐ雪葉ちゃんと黒須さんは、相変わらず仲良しだ。流石は幼稚園の頃から、私と三人の幼馴染だというだけのことはある。
うちも混ぜたってえなあ!と最後にその二人の間にるちるちゃんが突っ込んでいき、勢い余ってスっ転んでいた。私は笑いながら、魔方陣の紙をファイルにしまいつつ思う。
――あれ?
何か、大事なことを忘れているような。頭の隅に、小さく過った違和感に首を傾げた。
自分達はいつもこう、だっただろうか。
何かを見落としている、なんてことはないだろうか?
――まあ、いっか。どうせ大したことじゃないし。
荷物をまとめる私の姿を、何故か黒須さんが笑みを浮かべて見つめていたのだった。
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