クロスさま。

3/4
5人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ
 ***  彼女が今日集まる前にその情報を入手していた、にも拘らず公開しなかった理由。それは“どうせ、るちるちゃんあたりが物音立てて失敗するでしょ”ということらしい。名指しにされたエセ関西娘は、完全にふてくされてしまっている。まあ、じっとしているのが誰より苦手そうなのは間違いないが。 「声はもちろん、唾飲みこむ音とか、呼吸の音とかも気を付けないといけないんだろ。結構難しいんじゃねえか?」  雪葉ちゃんはかなり不安そうだ。 「俺もまったく自信がねえや。こういうタイミングに限ってクシャミしたくなったりするしなあ。やらかしたらゴメン」 「あはは、私もあんま自信ないからおいあこだよ。頑張ろうね」 「おう」  私と雪葉ちゃんは笑いながら席に座る。その正面に、るちるちゃん。私達の中心には、二つの机をくっつけて作ったスペースがあり、その上には魔方陣が描かれた画用紙が置かれている。そして、隅を止めるように四本のろうそくも。  やり方は単純明快。蝋燭に火をつけて電気を消し、短い呪文を言ったあとで一人ずつ蝋燭を消していく。そのあと一分間のお祈りをするのだが、実はこの時に“一切の物音を立てるな”という制約があったらしい。これを完全に守りきることができると、クロスさまという神様に出逢えるのだそうだ。 「準備はいいかしらー?」  私達が蝋燭にマッチで火をつけると、スイッチのところに立った薫子ちゃんが言う。 「じゃ、電気消すわよー」  ぱちり、と明かりが消された。今度こそうまくやってみせるぞ、と私は意気込む。特別な神様に逢いたい、気持ちは四人とも一緒なはずだ。  薫子ちゃんが席に座ったのを確認して、私は呪文を唱えた。 「いらっしゃいませクロスさま。クロスさま。クロスさま。私達ニエがお待ちしております」  呪文はこれだけ。私はふうっと息を吹きかけ、自分の目の前の蝋燭一本を消す。 「いらっしゃいませクロスさま。クロスさま。クロスさま。私達ニエがお待ちしております」  さらに、何度か失敗しつつも、雪葉ちゃんが蝋燭を吹き消した。 「いらっしゃいませクロスさま。クロスさま。クロスさま。私達ニエがお待ちしております」  三人目は、るちるちゃん。ふう、と可愛らしく息を吹きかけて消す。 「いらっしゃいませクロスさま。クロスさま。クロスさま。私達ニエがお待ちしております」  最後に薫子ちゃんが吹き消して、辺りは真っ暗になった。蝋燭の火に目が慣れているせいで、まったく視界がきかないのである。ここから先、一分間。自分達息を潜めてお祈りをしなければいけない。その間、鼻をすする音さえ禁止。これはかなり難しそうだ、と思いながら私は一心不乱で数字を数えた。 ――11、12、13、14……。  タイマーも使えない以上、とにかく心の中で数え続けるしかない。ドキドキしすぎて数え間違いを起こしそうである。 ――44、45、46、47……。  今のところ、みんな頑張って息をひそめている。お互いの手を握り合うこともできないので、闇の中、本当に友人達がそこにいてくれるのかも怪しくなってくる。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!