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颯人が病院にロビーに行くと、心配げな表情をした真冬が手を上げた。その顔にほっとしたように表情を和らげる颯人。
自分が思っていた以上に父親と会うのは緊張していたのだと気づく。
「話せた?」
「親父が寝るまで、ちょっと話せた」
「よかった」
「真冬、連れてきてくれてありがとう。オレ一人だったらきっと来てなかったと思うから……」
颯人の言葉に真冬は首を振る。
きっと自分が連れてこなくても来ていただろうとは思うが、それは言葉にはしなかった。
それから2日ほど、真冬たちは近くのホテルに宿泊しながら病院に通った。
寝ている時間も多いため、話せる時間は少なかったがそれでも時間ギリギリまで病室にいた。
「親父さ、大学の数学の教授だったんだ。それなのに、ここで何してたと思う?」
病院からの帰り際、颯人は思い出したかのようにふっと笑い、真冬を見る。
真冬はいつも病室には付き添うが、何かと用事を見つけては二人の時間を過ごさせるようにと部屋を出ることが多かった。
だからこれは真冬のいないときの会話だろう。それに全く答えを想像できない真冬は首を傾げる。
「漁師だってさ。親父オレの記憶ではあんなに体力なかったのに」
面白そうに笑う颯人の顔にもう不安の色はない。色々話せてふっきれたこともあるのだろう。あれほど硬かった表情が今は和らいでいる。
その様子を見て真冬もまた不安な気持ちが払拭された。自分はいらぬ世話をしてしまったのではないか、という不安を抱えていたから。
それにしても、である。
「お父さん、大学で数学を教えていたの?」
さきほどの颯人の言葉に今更ながら驚きの声を出す。
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