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「うん、そう。あれ、言ってなかったっけ?」
首を傾げながらそう言う颯人の言葉に、妙に納得した真冬。
高校の時に勉強を教えていたときから思っていたのだ。
彼は理数に強い、と。
真冬は現国の教師ではあるが、高校1年レベルの数学なら教えることができた。だが、彼の理数に関する理解度や吸収力がとにかくすごかったのだ。
だから早々に理数に関しては真冬の知識以上のことを身に着けていた。現に高校1年時、中学の問題すらままならなかった颯人が、高校3年にあがるころには学年10位くらいに成績を上げたのだ。
「犬飼くん、数学とか得意な訳だ……」
「それ、母さんにも言われたことある。親父に似て算数ができるって」
そう言って笑う颯人に、本当にここに来られて良かったと心から思う真冬。叶うなら颯人と父親の時間がもっと長く続けば、と願う。
だが、その日は容赦なくやってきた。
いつものように病院に行くと、病室からは慌ただしく医師や看護師が出入りしていた。
二人顔を見合わせるが、どちらもその表情は硬い。
二人に気づいた看護師が慌てたように近寄り、病室へ入るよう促す。
入った瞬間感じるのは言いようのない不安と緊張。
ベッド脇には神妙な面持ちで父親を診察する医師や看護師。何があったのか、なんて聞かなくてもわかってしまっていた。病院からの電話でも話は聞いていたから。
もう長くはない、と。
だから自分が呼ばれたのだと。颯人だってそれなりの覚悟を持って病院にやってきていたのだ。
颯人は硬い表情のままベッドへ寄ると、そこにはとても穏やかな表情をした父親がいた。それはただ眠っているようにも見え、颯人は隣で静かに話す医師の言葉が信じられないほど。
「今朝早くに意識をなくし、たった今息を引き取りました…」
颯人はどこか非現実的なその言葉を、ただただ立ち尽くして聞くしかできなかった。
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