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「こうしちゃいられない。えっとまずは婚姻届……。プ、プロポーズっ!……ゆ、指輪が…」
目の前で慌てだす颯人にクスリと笑みを漏らす真冬。
「落ち着いて」
「はっ、真冬の家に挨拶とか、大学もっ」
真冬の言葉も颯人には届いていない様子。
「落ち着いてっ!」
真冬は颯人の両頬をぱちっと挟んでその目を見る。パチパチと何度か瞬いた颯人は、こくりと一度頷いた。
「あのね、まず大学はちゃんと卒業してほしい」
「それは……」
思わず口を開く颯人に真冬は首を振る。それは話を聞いてほしいという真冬の合図。
「犬飼くんはちゃんと目的があって大学に通ってるよね。学びたいことがあるから奨学金を受けて、取りたい資格があるから入試も頑張った。違う?」
「そう、だけど」
颯人の返事に真冬は両頬から手をおろして力強く頷く。そして今度はその手を自分のお腹へと。
「この子が無事産まれて、大きくなったときに胸を張って言って欲しいの。自分の夢に向かって大学に行ったって。間違ってもこの子が自分の所為でお父さんが大学を辞めた、なんてことを考えないように」
その言葉にハッとしたように真冬を見る。それに真冬はにっこりと笑って応える。
「このままちゃんと大学に通って、資格を取って、そして自分が望む仕事をして欲しい」
「真冬……。でもそれだと真冬だけに負担が」
「私、地方だけど公務員なのよ。産休育休は目いっぱい取るわ。福利厚生がちゃんとしているもの。貯金もあるし、ちゃんと生活できるだけはあるわよ。それに犬飼くんだって大変よ。家事とか、育児とかしてもらうし。そのうえでちゃんと資格を取って就活も頑張ってもらうんだから」
いつにない真冬のてきぱきとした話し方に教師の面影を見て颯人は目を細める。大変だと言いつつ、真冬はいつだって颯人にとって最善を提案してくれる。
感謝とともに、そういうところにどうしようもなく惹かれるのだ。
「真冬、オレ頑張る……」
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